「シロウ。」
「あ、なんだ?えーと…。」
「私のことはセイバーと。傷の治療を頼めますか?」

セイバーの真剣な目線に、士郎は少し狼狽したようだった。

「悪いけど、そんな高度な魔術は知らないんだ。それに、もう治ってないか?」

それでもなんとか答えた言葉に、セイバーは目に見えて不機嫌そうな表情を浮かべた。
つまるところ、通常のサーヴァントとは霊体であるからして。
あくまで魔力かなにかで表面上を覆っただけに過ぎない、ということだろうか。
それは知識としてあるだけで、実体しか持たない異質なサーヴァントである僕が体感したわけではないのだけれど。
けれども放置しておくとそのまま飛び出して行きそうだったセイバーを見ていられなくて、僕は彼女を呼び止めた。

「セイバー。」
「なんですか?アクター。貴方にはシロウの護衛を…。」
「いや、そうじゃなくってさ。えーっと…。」

ごそごそと、懐から紫のサモナイト石を取り出す。
いつもの場所にいつもの石があるのを確認しながら、サモナイト石に魔力を通した。

「来てくれ、プラーマ。」

呼び出すは霊界の聖母。
どの程度サーヴァントに効果があるかわからないから、本来ならば大事をとってエルエル辺りを呼び出したいところだが、生憎エルエルと誓約したサモナイト石は持ってきていない。

「うわっ」
「これは…。」
驚く二人を尻目に、プラーマはセイバーの傷を治療すると僕に向かって一礼。

「うん、ありがとう。また宜しくね。」

僕の言葉ににこりと笑って、彼女は本来の世界へと還っていった。

「今のは…いえ、今は敵のことが優先ですね。先行します。アクター、シロウを。」
「分かった。殺意はないみたいだけど、気をつけて。」

こくりと頷くと、セイバーはすぐさま玄関へと走っていく。
塀を乗り越えて出て行かない部分、ランサーより常識をわかっている。
…もっとも、この戦争に常識を持ち込んでどうの、というのはいささかおかしいかもしれないが。

「それじゃ、僕たちも行こうか、士郎。」
「あ、ああ…!」




Fate/Actor was summoned - 赤との邂逅 -



「ねえ、アーチャー。これって、もしかしてもしかする?」

わたしの問いに、アーチャーはふむ、と頷いた。

「どうやらそのようだ。…ん?これは…。」
「どうしたの?」

訝しげに眉をひそめるアーチャーを振り仰ぐ。
口元に手を当てながらアーチャーはバカな、と呟いた。

「…凛、どういうわけだか知らないが、ランサー以外のサーヴァントが二体居るようだ。」
「……なんですって!?」

ランサー以外にサーヴァントが居る。
それは、先ほどの召喚の光を見ればすぐにわかった。
だが、それが二体も居るとはどういうことか。
ランサーは先程去って行ったのを目撃している。
でも、まだ彼の元には、おそらく彼が召喚したサーヴァントと、何者かのサーヴァントが居るということになる。

「行くわよ、アーチャー!」
「…やれやれ、了解だ、マスター。」

そうして、屋敷の塀の前で、わたしはそれと対峙した。

疾風のように駆けてきたそれに反応出来ずに居たわたしを、先ほどランサーの攻撃を受け止めていた双剣を持ったアーチャーが庇う。

ガキィンッ!

硬質な鋼のぶつかった音。
目には見えないが、おそらくは刃。
そのとき、月を隠していた雲が覆われて、その姿が露になる。

「っ…!」

思わず目を見開く。
こちらに仕掛けてきたその姿は、とんでもなく美しい少女の姿をしていた。
風に揺れる金糸の髪はまるで穏やかな月のように。
アーチャーを見据える深緑の瞳はただひたすらにまっすぐに。
蒼の服に銀のプレート。
それは、紛れもなく気高い騎士の顕現だった。

その美しさに見惚れていたのは数瞬。
なぜなら、その場の雰囲気をぶち壊す輩がいたからだ。

「やめろセイバー!」

響いた少年の声に、セイバー、と呼ばれた騎士は対峙するアーチャーから視線を外さずに答える。

「彼らは敵です、マスター。貴方は敵を倒すな、と言いたいのですか。」

鈴の鳴るような綺麗な声音。
それに篭められているのは、三騎士の中でも最優と名高いセイバーに相応しい気高い騎士の心。
あ、なんか今ムカっと来た。

「俺にはまだ何がなんだか分からないんだ!それに、女の子がそんな物騒なもの持って戦ったりなんかしちゃだめだ!」
「…は?」

少年…先ほどわたしが蘇生に成功した、同級生の衛宮士郎くんの言葉に、セイバーは虚を突かれたように目を丸くした。
が、それも一瞬のことで、すぐさま眉を顰めて衛宮くんに突っかかる。
なんだか何処からか誰かが噴き出した音が聞こえた気がした。

「私は騎士だ。そのようなことを言って私を愚弄する気ですか。」
「愚弄って、そんなつもりはないけど。って、ああもうアクター、お前なに笑ってるんだよ!」

アクター?
聞いた事のない単語に、思わず眉をひそめる。
よくよく見てみれば、衛宮くんのすぐ傍に一人の少年の姿。
何がおかしいのか、くすくすと笑っている。
白のロングコートに、腰には…剣、だろうか。
艶やかな黒髪に、今は笑みに細まっている双眸は目の醒めるような真紅。
こちらもまた、とんでもない美少年だった。

「いやいや、こんな状況でそんなことを言えるマスターの度胸に心底感心しただけだよ。ははは、僕のことは気にせずどうぞ続けて?」
「マスター、ですって?」

思わず声が出た。
おや、と少年がこちらを見やり、衛宮くんもまたこちらに視線を移し、目を見開いた。

「え、遠坂!?」

どうやら彼は今の今までわたしだということに気付いていなかったらしい。
それはそれで腹が立つが、今はそんなことよりももっと許せないものがある。
ふるふると身体が怒りで震えるのがわかった。










「なんなのよそれはーーー!!!」

瞬間、猫が怒ったかのような錯覚を受けた。
セイバーが対峙していた赤い男のマスターだろうその美少女は、フーッフーッと毛を逆立たせて怒っている。
いやまあ、あくまで感覚の話だけど。

「と、とおさか…?」

あまりの気迫に、士郎は僅かに後退さる。

「なんで、サーヴァントが!二人も居るのよー!!」

ありえなーい!と叫ぶ美少女。
いつのまにかお互いに剣を収めたのか、セイバーは士郎の傍に、赤い男はやや呆れたようにその美少女の傍に戻っていた。

「落ち着け、凛。…まあ、最低限でもどちらかは奴のサーヴァントに間違いはないだろうが…。」

言いつつ、赤い男はこちらを見やる。
ふむ、どうやら僕のほうを疑問視しているようだ。
まあ、甲冑なんて騎士らしいものじゃなくて、ロングコートだもんなあ、僕。

「それで、士郎。この人たちは僕らの敵なの?」
「え、敵って…そんな訳ないだろ!」
「しかしシロウ、あちらもサーヴァントとマスター。シロウがそう思っていてもあちらもそう思っているとは限りません。」

うむ、ごもっとも。

「ちょっと、こっちは今は戦る気ないわよ。」

むすっと、遠坂凛。多分。そう呼ばれてたし。
名は体を現すを地でいっているような感じだ。
赤い男を見れば、やれやれとでも言うように肩をすくめて凛を見ていた。
どうやら依存はないみたいだ。

「えっと…それじゃあ、とりあえず家の中で話そう。いくらなんでもここじゃ色々マズイ。」

そう言って中に入るように促す士郎に、凛は一瞬虚を突かれたような顔をして、再び怒声を上げた。

「家の中って、あなたねえ!魔術師の家に招き入れるなんて一体何考えてるの!?」
「え?何かまずいのか?…っていうか、本当にさ、ここで騒いでると近所迷惑だし早く中に来いよ。」
「だから…!」

さらに言葉を続けようとした凛を止めたのは、意外なことに彼女のサーヴァントだった。

「凛、この男にそんなことを言っても無駄だろう。ならば近所迷惑にならんうちに中に入ったほうが得策だと思うが?」
「アーチャー、あんたまでそんなこと…。」
「それとも何か、凛。君はここで騒いでコトを大きくしたいのかね?」

そんなことを言って、皮肉げに笑みを浮かべた自分のサーヴァントに、凛は苛立ったように顔をしかめて、ふん、とそっぽを向いた。

「わかったわよ、入れば良いんでしょ、入れば。それに、見たところ衛宮くんってば聖杯戦争のせの字も知らないみたいだし?」

ずかずかと門へと歩いてくる彼女に、赤い男…彼女の台詞から察するにアーチャーである彼は苦笑しながら後に続く。
先に行って玄関を開けていた士郎が、なんだか幻想を打ち壊されたような顔をしていたのが印象的だった。











あっさり召喚術を流してみる。
…すいませんあっさり過ぎだとは自分でも思うんですが!
でもあそこで問答やってたら赤主従が普通に玄関まで来るよなーと思ったもので。
しかし、アーチャーの扱いが思った以上に難しい…。