「ふぅ…。」 電車を降りて駅を出て、あたしは息をついた。 別に息苦しいとか言うわけではないけれど、外へ出たことで開放感を感じたのは事実だ。 辺りを見渡せば、つい昨日まで住んでいた町に感じるものとはまた違った、どこか新鮮なような、懐かしいような不思議な感覚。 冬木市。 この街に来るのは、実に5年ぶりとなる。 Fate/other feel - 彼女の帰還 - 事の起こりはつい先週のこと。 あたしの保護者という立場にある親類に、長期の依頼が舞い込んできたことから始まった。 あたし、の一族は、占い師の血族である。 この時代に何を怪しい職業を、と言うなかれ。 表は王宮王室から、裏は言えないような人達まで。 そりゃもう幅広い世相、職種のお客さんを持つ、とんでもない一族なのだ。 そんなわけで、あたしの保護者も、ついでに言えばあたしも、例に漏れずにの占い師なのである。 もっとも、あたしはまだ見習いだけれど。 長期の仕事、というのは大抵一ヶ月かそこらで終わるものが通常なのだが、どうも依頼人の都合で半年ほどかかるとか。 依頼先は外国なので、半年も向こうに居るとなると、必然的にあたしは一人暮らしになる。 一緒に来るか?と誘われたものの、あたしは少なくともまだこの国を出るつもりは全くないので丁重にお断りさせていただいた。 一人暮らしで良いかー、とあたしは楽観的に思っていたのだが、どうにも心配性の保護者に言われ、こうして昔住んでいた町に戻ってきたのだ。 ―――あと数ヶ月で卒業予定だった学校から、わざわざこちらの学校に編入手続きまでして。 いやはや、あの手腕たるや絶句して見ているしかなかった。 普段のほほんとしている姿ばかり見ていたせいで、最初は自分の目を疑ったものだ。 「…っと、いけないいけない。」 これまでの経緯を思い出しているうちに立ち止まってしまっていたらしい。 小さく左右に首を振って、まずは、と歩き出し…―――歩いていくのを諦めた。 途中途中の記憶はあるが、どうも歩いて行ったら迷いそうなほど曖昧だ。 幸い、今度住む―――というか感覚的には「帰る」というか―――家の付近の道ならば、大幅に変わっていなければわかると思うので、そこまではバスで行くことにしよう。 バスに乗ってしばらく、目的のバス停のところであたしはバスを降りた。 このバス停で降りるのはあたしだけだったらしく、あたしが降りるとバスは再び動き出す。 それを見送りつつ、あたしは目的地へ向かう為に歩き出した。 大橋を越えてからはかつて見慣れていた、今となっては懐かしい町並みと再会した。 新しく近代的なものは、全て大橋の向こう側―――新都に多いのだろう。 そういえば、とあたしは思い出す。 バスに乗ってすぐに、なんだか知ったような気配を感じた気がしたのだが…この街の知り合いは今の時間は多分全員学校に居るはずだし、おそらく気のせいだったのだろう。 そもそも、あたしは友人達のように人並み外れた運動能力やらがあるわけではないごく普通の一般人なのである。 気配を感じた、なんていうこと自体、正しいかどうかさえ怪しい。 「…やっぱり気のせいだったのかな。」 立ち止まり、ぽつりと呟いて、新都の方向を見る。 なんでだろう、やけに気になる。 うーん?と首を傾げてから、あたしは止めていた足を再び動かす事にした。 まずは荷物を置いて、それから明日から編入する私立穂群原学園に資料を届けなければならないのだ。 ゆっくりしていては時間がまずそうだ。 あたしの目的地のある深山町には、洋風の建物の並ぶ側と和風の建物の並ぶ側の二種類が存在する。 ちょっと見ると違和感ありまくりなのだが、慣れてしまえばそれが普通なのでなんてことはない。 いや、まあ。 久しぶりに戻ってきたあたしからすれば、やっぱり変なのー、と思うことに間違いはないのだが。 あたしの目的地は、5年前、まだあたしがここに住んでいた頃にお世話になっていた人の家だ。 本当ならば、自分の家に戻るものだと思われるかもしれないが、生憎あたしの自宅は、両親共々10年前に全てなくなってしまった。 原因不明の大災害。大火事。 当時はマスコミも大いに盛り上がったらしいけれど、その頃突然の出来事で呆然としていたあたしは覚えていない。 あの火事を思い出そうとすると思い出せるのは、数日前から嫌な感覚だったこと。 特にその日はその感覚がとびきり高くて、一人でオロオロしてただけ。 そして、その日の夜にそれは起こったのだ。 父や母が助けてくれて、あたしは生き延びた。 雨が降ってきて、鎮火されてきた頃に、よろよろと町の中を歩いていたのを覚えている。 なんで歩いていたのかはわからない。その辺りの記憶は何故だかとても曖昧だ。 ただ…そう、救助される前に、なにかおかしなものを見たような気がするのだが…――― ともあれ、もう、あんなことは二度とごめんなのである。 家をなくした10年前から5年間を、あたしは今向かっている人の家で過ごした。 元々の家主であった切嗣さん…衛宮切嗣、という男の人は、5年前に亡くなっている。 衛宮切嗣という男の人は、ジャンクフードが大好きで、基本的にだらしないくせに何故だか銀行には大金が入っている、そんな人だった。 どうやら切嗣さんは、あたしの両親の知り合いだったらしい。 らしい、というのは、あたし自身、病院で彼に会ったのが初めてのことで、名前を聞いたのも初めてのことだったからだ。 正直怪しいことこの上ない出会いだったのだけれど、何故だか疑うという選択肢など頭には浮かばなかった。 まぁともかく。 世界に散らばりまくって連絡の取りにくいあたしの親類に連絡がつくまで、という期限で、あたしは切嗣さんの家でお世話になることになったのだ。 そのとき、丁度あたしと同じ年齢の男の子が切嗣さんの養子として引き取られていた。 男の子の名前は士郎と言って、まだ小さかったあたしは「士郎ちゃん」と彼のことを呼び、それこそ本当のきょうだいのように仲良く育っていった。 切嗣さんはそんなあたしと士郎ちゃんを見て、「二人は本当にきょうだいみたいだね」と言って目を細めて微笑んでいた。その笑顔が、あたしは大好きだった。 切嗣さん亡き後、今は士郎ちゃん…もとい、衛宮士郎が家主なのだということを、姉代わりの人から教えられた。 3人で暮らしたあの頃でも大きかった屋敷だ。 彼一人では、きっともっと広く感じているのではないだろうか? 懐かしい街並みを、記憶にある通りの道順を通って、あたしは衛宮邸へと辿り着いた。 扉を開けて中に入り、玄関の鍵をバッグから取り出す。 とりあえず、鍵を変えていなければ10年前に切嗣さんから貰ったこの鍵で開けられるはずだ。 ガチャリ。 そんな音と共に玄関の扉の鍵が開けられる。 中には当然誰もいない。 あたしは荷物を持ったまま中へと入り、かつて自分が使っていた部屋へと運び込んだ。 あたしが居なくなってからもきちんと掃除をしてくれていたのだろう、部屋は清潔に保たれたまま残っていた。 それに嬉しくなりながら、あたしは荷解きに取り掛かる。 十数分後、部屋には少しの生活感が出てきていた。 あたしは財布や必要書類を小さなバッグに入れ、衛宮邸を後にする。 次の目的地は私立穂群原学園。 明日からあたしが通う学校である。 カーブを描く坂道、それを登った先にその学校はあった。 丁度授業中なのだろう、校庭で体育をしている生徒達以外の姿は見当たらなかった。 「職員玄関、って…あっちかな…。」 呟いて、おそらく職員玄関であろう玄関の方に足を向ける。 やけに目立っている気がして、私服じゃなくて制服で来れば良かっただろうか、と内心思うものの来てしまったものは仕方ない。 うう、注目されているわけでもないのに、目立ってる気がする…。 はふ、とため息をつきながら、職員玄関からスリッパを借りて校舎へと入る。 「職員室は、と…」 廊下に出て、きょろりと左右を見る。 大抵の学校の職員室は、職員玄関のすぐ傍にあることが多い。 今回も例に漏れずその通りだったようで、すぐに見つけることが出来た。 扉の前に立って、一度大きく深呼吸。 よし、と頷いて、あたしは扉をノックして中へと入った。 「失礼しまーす…」 職員室内に居る先生の中に、記憶にある顔は居なかった。 むむ、と唸って、近くに居た先生に声を掛ける。 「あの、すみません。」 「君は?」 どこか空虚な声質。 変わった人だなぁと思いながら、言葉を続ける。 「明日から編入するです。藤村先生を探しているんですけど…。」 あたしの言葉に、その男の先生はふむ、と腕を組み一考したあとこちらを見て。 「藤村先生ならば、今はまだ授業中だろう。もう間もなく授業時間も終わる、もう少しここで待っているといい。」 そう言って、職員室の中にある来客用のソファを示した。 断る理由もないので、ありがとうございます、と伝えてソファに座り込む。 ふかふかだ。 はふー、と大きく息をついていると、チャイムが鳴り響いた。 なるほど、本当にあと少しで授業時間が終わるところだったのか。 そんなことを思っていると、なんだかどたどたどたという足音が廊下から響いてきて。 ガラガラガラッ! そんな大きな音と共に、虎が舞い降りた。 否、それは幻視でしかない。 「藤村先生、廊下は静かに。それから、来客のようですが。」 先ほど声をかけた男の先生が、虎…もとい、藤村大河こと藤ねえの動きに動じる様子もなく淡々と反応を返した。 …もしかして藤ねえって、いつもこんな感じなんだろうか。他の先生も全く気にした様子もないし。 「あはー、ごめんなさい葛木先生。って、来客?」 えへら、と笑顔で謝って、藤ねえは首を傾げた。 男の先生(どうやら葛木先生というらしい)は頷いてこちらのソファを指差し、「では、授業がありますので」と言って静かに去っていった。 淡々とした人だったなーとか思っていると、藤ねえと視線が合わさる。 「あー!!ちゃん!?」 「久しぶりです。」 声を上げる藤ねえに苦笑を浮かべながら、挨拶をする。 「電話で言ってた書類を持ってきたんですけど…。」 「あ、うんうん。ちょっと待ってね。」 そう言って、藤ねえは自分の机(だろうと思われる)の方に行き、ごそごそと持っていた教材やらを置いてこちらに戻ってきた。 それからあたしの対面に位置するソファに座り、にこりと笑う。 「お帰りなさい、、ちゃん。すっかり可愛くなっちゃって、びっくりしたわよ。」 「ただいま、藤ねえ。藤ねえこそ、なんだか大人っぽくなっちゃっててびっくりした。」 「え?大人っぽくて妖艶だって?お世辞なんか言っても何も出ないわよう!」 いや、そこまでは言ってない。 藤ねえの突っ走りっぷりは懐かしく感じるほどいつものもので、深く追求はしない。 冬木の虎とは、己が道を突っ走るものなのだ。言わばゴーイングマイウェイ。 「久しぶりだし、道は間違えなかった?」 あたしが差し出した書類の中身を確認しながら、藤ねえが問う。 「駅前から、あそこの交差点までバスで来たし、それ以外はほとんど覚えてた通りだったから問題ないよ。この学校の場所はすぐわかるし。」 「そっかー。駅前も結構様変わりしちゃってるからね。そのうち案内するね。」 「うん、楽しみにしてる。」 そう答えるあたしに、藤ねえは満足そうに頷いて、あ、と声を上げた。 「一応学校じゃ藤村先生って呼んでね。士郎もそうしてるし。」 他の人が居る場所じゃ敬語でね。 言われて、そういえばいつの間にか昔のやり取りと同じ言葉遣いになっていたことに気付いた。 こくりと頷く。 「わかった。あ、士郎ちゃ…士郎ってどこのクラスなの?」 いけないいけない。うっかり昔の呼び名を言ってしまうところだった。 藤ねえはきょとんとしたあとに破顔する。 「なっつかしいねえその呼び名!ちなみに士郎はちゃんと同じクラスで担任はあたしよ。仲良くねー。」 それを聞いて安心する。 この妙な時期に編入生なんてものになろうものなら注目度は高まるものだ。 その中に知り合いが一人居るだけで全く違う。 …ついこの間まで住んでいた町に行った時も似たような状況だったし。 藤ねえは資料を確認し終わったようで、よし、と呟いてこちらを見た。 「うん、資料に不備はないみたいね。。ちゃん、今日はこれからどうする?学校見学してく?」 「んー…」 問われて、考える。 もうすぐ昼休みだろうし、お昼は持ってきていない。 一応財布は持ってきているから、学校食堂なるものがあるらしいこの学校での食事は可能だ。 でも、なあ…。 「私服だと目立つんだよね…。」 それは、なんというかよろしくない。 ということで断ろうと藤ねえを見てみれば。 あたしは失念していたのだ。 つい先ほどだって感じていたというのに。 そう。 冬木の虎とは、己の道を突き進むものなのだと。 「よしっ!それじゃあさっそく士郎にでも学校案内を頼もっか!」 やけに明るい笑顔で虎は言い放ち、あたしの腕をがしっとつかむと戸惑うあたしに目もくれずに走り出した。 職員室を出る前の、他の先生方の生ぬるい憐れみの視線が目に焼きついた。 ああ、藤ねえって、ほんと、いつもこんななんだなー、なんて。 現実逃避してしまったのは内緒だ。 藤ねえのことを虎虎連呼してますが、愛あればこそです。 切継・士郎と一時同居経験あり、その他色々特殊設定ありの主人公でございます。 |