昼休みに入って、どたどたどたとあの虎の足音が聞こえて、我らが3-Aはぴたりと動きを止めた。
ここ数年で培ってきた経験が、あの虎はここを目指しているのだと体が理解している。

「衛宮、藤村先生のようだが…。」

一成の言葉にこくりと頷いて、教室のドアを見ながら答える。

「そうみたいだな。今日はあとは授業、なかったと思うんだけどな…忘れ物でもしたのかな?」
「ふむ。あるいは教室の誰かに用事があるかであろうが…衛宮、お前ではないのか?」

むむ。
否定できないのが悲しいところだ。
はて、何かあっただろうかと考えて、何もないよなあ、と自己完結。
首をかしげている間に、虎は教室に飛び込んできた。

「たのもーーーーうっ!!」

いや、道場じゃないから。
呆然と虎を見る俺達。
…もとい、見ていたのは虎に引きずられるようにしてそこに居る、一人の私服を着た少女だったが。

「…あの少女、生きているのか?」

一成が、ううむ、なんて真剣に呟く。
その、俺達3-Aの同情とも憐れみとも、心配ともとれる視線を一身に受けて、少女はよろよろと顔を上げた。
真っ直ぐな黒髪はツインテールに。
胡乱げなまなざしになっているが、その瞳は濃茶。
愛らしい印象を見るものに与える、まさに美少女。
その顔立ちに、どこか見覚えがあるなあ、と記憶を探ろうとした矢先に、少女が虎から離れてこちらに駆け寄ってきた。

「士郎ーーーーー!!!」

何故か、俺の名前を叫んで、その勢いのまま抱きついてきた。




Fate/other feel - 再会 -



「うわあああっ!!?」
「「何ーーーーーーー!?」」

教室中の視線が俺に集まる。
俺は俺で、わけがわからず少女を抱きとめたまま固まった。

「え、あ、う…?」
「え、ええええ衛宮、その少女は一体…!?」

一成が、驚きにズレた眼鏡を抑えながら必死な様子で聞いてくる。
俺だってわけわかってないのに答えられるはずがない。
と、勢いで抱きついてきた少女ががばっと顔を上げる。

「士郎っ!あの虎の教育どうなってるの!?職員室からこの教室まで全速力で駆け回されたんだけど!!」

と、俺を睨みつけていた男子、興味津々とこちらを見ていた女子が、少女の言葉で哀れみの視線を少女に投げかける。
ああ、この少女もまた虎の犠牲者になったのか。そんな視線。

「え、えーと…ご、ごめん…。」

見たことのあるような気がするが誰だか思い出せないので、とりあえず藤ねえの暴挙に対しての謝罪をしてみた。
それに対して少女はむ、と少し動きを止めて、はぁ、と大きくため息をつく。

「士郎に言っても仕方ないわよね…ごめんなさい、あたしが悪かったわ。」

ふ、とどこか遠くを見るような目は、既に達観。
藤ねえに対してここまで達観の目を見せるとすると、そこそこ長い付き合いの間柄の人物ということになる。
が、思い出せない。

「もーっひどいようちゃんってば!そりゃー士郎と会えて嬉しいのはわかるけど、わたしだってそんな走ったりなんかしてないよう!」

ぷんぷん、とでも言いたげに言う藤ねえ。
その藤ねえを、クラスの皆はそれぞれ様々な色の目で見つめる。
って…今、藤ねえはなんと言った?
ジト目で藤ねえを見て、ハッとする。

「…、って…」
「うん?」

目の前の少女が首を傾げる。
言葉にするなら、「なあに?」とでも言いたげに。
そうしてようやく、記憶の中の少女と彼女が一致した。

って、あのかっ!?」
「そうだよー。っていうか士郎、あたし藤ねえに前もって連絡してたんだけど、聞いてなかったの?」
あっさりと頷いて、少女―――昔一緒に暮らしていたは爆弾発言を落とした。
「いや、全く、さっぱり、なんにも聞いてない。」

キッパリとそう答えると、は「あぁ、虎に任せたあたしが馬鹿だった…」と言いたげな表情を浮かべ、すぐに吹っ切れたようににこりと笑った。

どくん、

間近でそんな笑みを見たせいか、心臓が高鳴る。
まて、ちょっとまて俺、相手はだぞ!?
そ、そりゃー昔より綺麗になって可愛くなってるけど、一緒に暮らしてた子だぞっ!?

「ま、いっか。そういうわけで、あたし、明日からこの学校のこのクラスに転入することになったから、よろしくね!」

爆弾発言再び。

「な…」
「な?」

きょとんとが首を傾げる。
あ、可愛い。
ってそうじゃないだろ俺!

「なんでさ…!」
「そういうわけだからー、士郎、じゃなかった、衛宮くん、軽くでいいから学校案内頼んだわよう。」

じゃーねー、などと言ってひらひらと手を振りつつ虎は退場した。
まて、この、教室中の視線を集めてしまって、俺にどうしろっていうんだ!?
今にも色々聞きたそうな顔のクラスメイト達がこちらを狙っているのがわかる。
一成でさえ、突然現れたについて聞きたそうなのだし。
こうして注目を集めてしまった以上、についての説明はそれなりにしなければならないだろう。
だが、一緒に住んでました、などとは言えない。
そりゃもう口が裂けても言うわけにはいかない。
だって、言ったら多分命が危ない気がする。

「…士郎?その、何か予定があったり迷惑だったなら、別にいいんだよ?別にいいって言ってたのに藤ねえがここまでつれてきただけなんだし…。」

心優しく育ってくれていたらしいは、止まったままの俺にすまなそうに声を掛ける。

「いや、そういうわけじゃないんだ。」

学校を案内すること自体は別に構わないのだ。
問題は、クラスメイト達なのだから。

「ええっと…悪い、一成。そういうことだから、今日は行けそうにない。」

うむ、と一成は神妙な表情で頷く。

「了解した。後で仔細を聞かせてもらうぞ?」
「断っても他の連中が黙ってなさそうだし…わかった。」

俺が了承すると、男連中がよっしゃとか叫び、女の子達はなにやら意味ありげな視線を俺やに投げかけてきた。

「よし、行くぞ。」
「あ、うん。えと…お、お騒がせしましたっ!」

俺の後について教室を出る前にそう言ってぺこりとお辞儀をして、が出てきた。
途端、ざわざわと教室内が賑やかになるのがわかる。

「なんか、ごめんね、騒がせちゃって…。」
「いや、いいよ。藤ねえの暴走には皆慣れてるし…。」
「そ、そっか。」

がひきつった笑みで返す。
廊下を歩きながら、教室の場所や特別教室の場所などを説明していく。

「でも、本当にいきなりでびっくりしたぞ。最初、誰だか分からなかった。」
「あたしはてっきり藤ねえがもう連絡してるものだと思ってたよ。あたしが藤ねえに連絡入れたのって、もう2週間前だし。」
「そんな前に!?…藤ねえの奴、何も言ってなかったぞ…。」

むむむ、と記憶を呼び起こす。
2週間前、といえば…。

「…言われてみれば、あの頃はやけに藤ねえが上機嫌だったな…。」

なるほど、そういうわけか。

「黙ってて士郎のことびっくりさせようとでもしてたんだろうねー。」

あはは、とが笑う。

「でも、はよく俺がすぐにわかったな?」

俺は最初、本当にが誰だかわからなかった。
それは、別に忘れていたからとかではなくて。
記憶の中のよりも、ずっと綺麗になっていたから気付かなかった…なんて、言えるわけがない。

「あ、うん、言われてみればそうかも。本能の部分でわかったんじゃない?」

なんて、冗談めかしては言った。

が言うと冗談に聞こえないんだけどな…。」
「まあ、これは何故か昔からの特技だしね。」

の特技…―――それは、何故だか分からないが、何処に居ても俺を見つけ出せるというもの。
昔、隠れんぼなどで遊んでいた時におかしいなー、と二人で思っていたことだ。
理由は今も全く分かっていない。
別に分かったからといって何がどう、というわけではないので放置してあることだ。

「…にしても、また妙な時期に転入なんだな。」
「あー、うん。あたしと暮らしてた親戚の人がお仕事でこれから何年か海外に行くことになっちゃって。で、一緒に行かないか?っても言われてたんだけど、やっぱりまだ日本で暮らしたいし。それで、藤ねえなら保護者として妥当でしょ?だから連絡してみたらこっちに転入しちゃえば?ってことになってね。」
「って、そんな軽く言えるようなことなのか…?」

なんだか、あっさり言ってるが、それはそれで大事のような気がする…ん?

「どしたの?」

ふとあることに思い当たって立ち止まった俺に、が不思議そうな声を上げる。

「…、こっちに引っ越してきたんだよな。」
「うん、少し前に着いたばっかりだけどね。」
「で、何処に住むんだ?」
「へ?」

俺の言葉に、予想外のことを訊かれた、と言わんばかりにが目を丸くした。
そして、

「何言ってるの、士郎。あたしがこの町で住む場所なんてひとつしかないじゃない。」

なんて、爆弾発言を放って下さった。
二度ある事は三度ある。

「なっ、ど…っ!?」
「それに、ここに来る前に一回帰ったけどちゃんと部屋そのままにしてあったし。別に問題ないでしょ?」
「問題ないって…ありまくりだろっ!?」
「む…士郎は迷惑だっていうの?この街で帰る家っていうのはあたしにとってはあの家だけなのに。」

う、それは、そうなのだが。
の家は俺の家と同じく、10年前の災害で跡形もなく焼き崩れている。

「いや、迷惑とかじゃなくて、あー、その、ほら、この年代の男女が一つ屋根の下っていうのは問題があるんじゃないかって…。」

しどろもどろになる俺に、はきょとんと首を傾げて、言う。

「え、別にあたしは気にしないけど…。それに、藤ねえの許可だって貰ったよ?」

何を考えてるんだあの馬鹿虎は…!!

「はあ…分かった。もうこの事については何も言わないでおく…。」

昔一緒に暮らしてた、だけじゃなくなってしまった。
クラスメイトになんて言えば良いんだろうか。

「クラスの人達、なんか物凄い興味津々っていう感じだったし、なんか色々聞かれそうだよね。」
「そうなんだよな…同じ家に住んでる、なんて言えないし…。」

言ったが最後、クラスの男子から命を狙われることは間違いないだろう。

「じゃあ、表向きは藤ねえの家に一緒に住んでるってことにしたらどうだろ。家すぐ傍だし。」
「そうだな…それがいいな。」
「あたしと士郎の関係は…」
「無難なところで幼馴染が良いんじゃないか?間違いじゃないんだし。」

俺の言葉にが頷く。
うむ、これで大まかな部分の説明はできるだろう。

「まあでも、…これからよろしくな、。」
「…うん、よろしくね、士郎。」

そう言って、は少し照れたように微笑んだ。