《 リリーシェ・ゴットバルト 》



『全力で見逃せっ!!!』

ぶぴ。

聞き慣れた声が発した言葉に。
リリーシェ・ゴットバルトは飲んでいた紅茶を噴出した。

え、なにやってんのあの馬鹿兄貴。

咳き込みながら、目を見開いてテレビ画面を凝視したリリーシェの心中はそんな感じだった。









リリーシェ・ゴットバルト。

ブリタニアの名門ゴットバルト家の第2子であり、ジェレミア・ゴットバルトの実妹。
直情型の兄に似ず、触れれば折れてしまいそうな可憐な儚さを持つ美しい少女だ。
唯一似ているとすれば、光の加減により金にも見える、綺麗なシトリンの瞳だけだろう。
ちなみに、その心のほうは兄よりも大分図太い。

その実情を知っているのは彼女と親しい近しい者だけで、それ以外のものは幸運にもそれを知らず、リリーシェが顔を俯かせて歩いているのを、兄の凶行に心を痛めているのだ、なんて良い方に解釈してくれていた。

実際のところ、リリーシェは別に兄のあの意味解からん行動に心を痛めてなどいなかった。それはもう1ミリも。

あの驚きの放送後、真偽の確認の為に幾度となく屋敷には人が出入りし、リリーシェ自身も何度か質問されたりしていた。
まぁ、当然のごとく「オレンジ」なんて疑惑があるはずもなく、だが、ないからこそ怪しい、みたいな感じだったのだろう。
結局のところ、兄の単独犯的行動、ととられたようだった。

(これで見合いがどうのって話は大分なくなるだろ。)

リリーシェはそんなことを考え、その点については兄に感謝だな、なんて思ったりした。
つくづく鬼畜な妹である。









なにはともあれ。

とばっちりを食らってしまった兄の部下達に菓子折りでも持っていこうそうしよう。
純血派かどうかとか、正直どうでもいいのだが(なんたって前世は日本人である)、そのことを抜きにすれば結構面白い人間が多いのだ。

というわけで、リリーシェは兄の無実を証明するか本当に裏切ってたら断罪を下すか、ゼロを倒せ!みたいな期待を父から託されて日本へと降り立ったのである。

「…案外平和なもんだな。」

ぽつり、呟く声は可憐でかわいらしいものだが、話し方は外見と不釣合いな男らしくさばさばしたものだった。
小さい呟きだったせいか周囲には聞こえなかったらしく、周囲の人々は余り見れないほどの美少女の登場にそれぞれ視線を寄越していたが、それに気付かないリリーシェは空港を見渡し、さて、と考える。

「…留置所ってどこにあるんだろ。」

あいにく現在の日本の地理には疎い。
あくまで自分が過去生きていたのはブリタニアなんて国のない、基本的に日本は平和な感じの国だったし。
それを思えば、殺しだの戦争だのというものがなかった分、かなり幸せだったんだなあ。

電子表示板に表示されている地図とにらめっこしていたリリーシェは、ひとつため息をつくと。
自己判断に頼るより人に聞こう、とあっさり転換したのだった。









タクシーの運転手にありがとう、と楚々としてお礼を言って車から降りると、丁度見慣れた人物が苛立たしげに出てきたところだった。

「キューエル様!」
「なん…!リリーシェさん、一体いつこちらへ…?」

兄とは違うと認識してくれているのか、どこかかしこまった様子で訊ねてくるキューエルに、リリーシェは手に持っていたカートを示して。

「ついさっき、空港についたばかりですわ。日本へ来るのは初めてで、色々な方に道を聞いたりしてしまいましたけれど…。」
「あ、あなた一人で?」
「ええ、でも皆さんとても親切にしてくださって。さっきこちらへつれてきてくださった運転手の方なんて、わたくしが退屈しないように色々お話して下さいましたのよ。」

お陰で色々興味深い話も聞けた。

「相変わらず自分の価値をわかってない方だ…なんでこの方とあれがきょうだいなんだ…?」

なんだかぶつぶつといっているキューエルに、残念ながらか幸運にもか、聞こえなかったリリーシェは怪訝そうに首を傾げる。

「キューエルさま?どうかなさいまして?」
「ああ、いえ。しかし、直行でこちらにいらっしゃるということは…。」
「ええ、今回はうちの愚兄が、よりにもよって全国ネットで醜態を晒してしまって申し訳ありませんでした…。」
「いえ、リリーシェさんには何も責任はないでしょう!」
「わたくしも丁度中継を見ていて、思わず紅茶のカップを落としてしまいましたわ。」
「お怪我は?」
「大丈夫です。あ、そうだ。」

持って来ていたものを思い出して、リリーシェはごそごそとカートから紙袋を取り出して、キューエルへと差し出した。

「兄のせいで皆さんとてもお疲れでしょう?以前首都でキューエル様たちが美味しいって仰ってたお菓子を買ってきましたの。」
「これを、私達に?」
「はい。兄の顔を見たらキューエル様たちにこれを渡しに行こうと思っていたので、丁度良かったです。」
「しかし、ゴットバルト領からわざわざ首都を経由してこちらへいらっしゃったのですか?」

驚いたように目を見開くキューエルに、リリーシェは不思議そうに首を傾げ、淡く微笑んだ。

「わたくしにはこれくらいしか、出来ることはありませんから…。」
「いえ!そのお心遣いだけでも、私はとても、嬉しいです。ありがとう、リリーシェさん。」

同じく微笑んだキューエルに、リリーシェは内心ほっとしながら頷いた。

「えっと、それでジェレミアお兄様にお会いすることは出来ますか?無理なら手紙だけでも良いんですけれど…。」
「今はまだ…ですが、お手紙を渡すくらいならば出来ますよ。中身を確かめさせていただく必要はありますが…。」
「そう、ですか…。それじゃあ、この手紙をお兄様にお渡し頂けますか?」
「はい、確かに。リリーシェさんはこれからどちらへ?」
「父様からお兄様がどういうことであんなことをしたのか確かめて、叶うならゼロを打倒しろ、なんていわれておりますので、もう少し日本に居るつもりですわ。」
「ゼロを…打倒、ですか?」

リリーシェの苦笑まじりの言葉に、キューエルは耳にした言葉が本当なのか虚をつかれたような表情でリリーシェを見る。

「ええ、打倒、ですって。お父様ったらお兄様の疑惑のせいで頭に血が上ってしまっているんです。そのほとぼりが冷めたら本国へ戻ることにしますわ。」
「そのほうが良いでしょう。ゼロの打倒は我々が必ず!リリーシェさんが危険な道を行く必要はありません。」
「ありがとう、キューエル様。」

正直その言葉を待っていました。
なんてリリーシェの内心の言葉には気付いた様子もなく、キューエルはリリーシェの健気(なように見えるだけ)な様子に感激していたようだった。

長年被ってきた「オジョウサマ」の猫はぶあついのです。











ドラマCDで存在が明らかになった妹さんに成り代わりTS転生。
公式での妹さんは名前しか知らないので年齢とか外見とかは多分全く違うと思います(笑)。
猫被り時は若干「勘違い」要素もあるのかなこれ…?