《 枢木スザクとの邂逅 》



政庁までキューエルに送ってもらって、ホテルにチェックインするにはまだちょっと早いなあ、なんて空を振り仰ぎながら歩いていると、角から歩いてきたらしい人物とぶつかってしまった。

「っいた…っ」
「っす、すみません!大丈夫ですか!?」

もらした声に、リリーシェを抱きとめて倒れるのを防いでくれた人物(だが、ぶつかった相手でもある)が、焦ったように心配そうな声を発した。
あまりに真摯な声に、悪態をつきそうになっていたリリーシェは言葉を呑み込み、「大丈夫です」と言って、相手から手を離してもらう。
そうしてようやく相手の顔を見て、あれ、とリリーシェは怪訝そうに首をかしげた。

「え、と、やっぱりどこか痛みますか…?」

なんて、心配そうに眉を下げているのは、どこかで見たような少年だった。
年の頃は自分と同じくらいだろうか?
どこか幼さを残した整った顔立ちに、綺麗な新緑の瞳とふわふわの茶色の髪の毛。
久しく見ていなかった日本人の少年だ。

「いえ…あの、どこかで会ったことあります?」
「え?…いえ、僕にはちょっと記憶はないですが…。」

きょとん、と答えてくれた少年はなんだかとっても素直な対応だった。
この年齢まででこんな素直でこの子は悪徳商法とか引っかからないんだろうか、なんて妙な心配をしてしまう。

「…あ、わかった。」
「?」

ふ、と浮かんだ映像にリリーシェは声を上げていた。
じっと見てくるリリーシェに、少年は目を瞬かせている。
しまった、猫をかぶりそこねた。
まあいいか、分厚くない猫でも。
なんて考えながら、リリーシェは少年の手を握る。

「えっ?」
「枢木スザクさん、ですよね?」
「え、あ、…はい、自分は確かに枢木スザクです。」

少しだけこわばった表情になったのは、まぁあの事件のいざこざのせいだろう。
一人称が軍用の「自分」になってしまってることからも、ちょっと警戒された?とリリーシェは思ったが、どうせ自分の正体を知れば警戒とかするだろうからまあいいか、と結論付けて口を開いた。

「このたびはうちの愚兄が大変迷惑をおかけしてしまって申し訳ありませんでした。」
「え?」

頭を下げたリリーシェに、スザクは現状が理解できないというように、目を丸くしたままリリーシェを見ていた。









最初の印象は触ったら折れないかな、なんてものだった。
それくらい太陽の下に居るにはか弱そうな印象で、表情はどこか憂いを帯びながらも美しく、目が合った瞳は光の反射で金にも見える透き通ったシトリンだった。

こんな美人を間近に見るのは、幼馴染の黒髪の少年か、ユーフェミア皇女以外では初めてかもしれない、なんてスザクは思っていたから、唐突に彼女に頭を下げられて、一体何が起こったのか理解できないでいた。

「えっと、あの、頭をあげてください!」
「ですが、貴方はあの時ゼロが現れなければ無実の罪で死刑にされていたかもしれないのです。留置所に居る兄に代わって、なんて傲慢ですが、どうか謝らせて下さい。」
「りゅうちじょ…?」

目の前の美少女からは想像がつかない単語に、スザクはただ反芻する。
やっと顔を上げた美少女は、その美しい顔立ちに若干の憂いを混ぜて、はい、と頷いた。

「私はリリーシェ・ゴットバルト。貴方を無実であると知っていたにもかかわらず犯人に仕立て上げて殺そうとした、ジェレミア・ゴットバルトの妹です。」
「え…、」

目を見開いたスザクに、リリーシェはでも、と続ける。

「ゼロのお陰で兄は未遂で済んで、貴方も助かった。生きていてくれて、ありがとうございます。」









これで彼が死んでいたら自分は兄を当分許せなかっただろう。
それは、枢木スザクという、素直そうな少年を見てしまえば益々増した思いだった。
けれど、生きていてくれてありがとう、といわれたスザクは、複雑そうな表情で眉を寄せていた。

「スザクさん?」
「どうして…、」
「?」

きょとん、とスザクを見れば、彼は何か葛藤するかのように一度目を閉じて、いえ、と首を振った。
何か重いものを見てしまった気がして、リリーシェは突っ込まないようにしよう、と話を変える。

「そういえば、スザクさんは日本の首相だった枢木氏の息子さんなんですよね?」
「え?はい、そうですけれど…?」

突然代わった話題に、スザクは顔を上げて不思議そうにリリーシェを見た。

「ルル…ルルーシュは日本では、元気にしていましたか…?」
「、え…、」

僅かに痛みの混じる声に、そして何よりその内容に、スザクは目を見開く。
それを見て、リリーシェは苦笑を浮かべる。

「ずっと昔にね、何度か一緒に遊んだことがあって。」
「そう、だったんですか…。」
「でもその頃ルルーシュはお忍びっていうか、正体を隠していて、最初は私も全然気付かなくって。かわいい子だなぁ、なんて思ってたら男の子ですごくびっくりしたんです。」
「ああ、ルルーシュは綺麗だから…昔からそうだったんですね。」

くす、と笑み混じりに答えてくれたスザクに、リリーシェもほっとしたように笑みを零した。

「最後に会った時、ルルーシュと約束したの。」
「約束?」
「ええ。戦争がどうなるかはわからないけれど、情勢が落ち着いたら必ず会おうって。ルルーシュは滅多に約束なんて言い出さないから、幼いながらにわかったわ、危ないんだって。」

リリーシェは自嘲の混じる笑みで視線を落とす。

「危ないのにどうして、なんて言えなかった。会えなくなるだけじゃない、死ぬかもしれないのに、ルルーシュったらいつもみたいに自信たっぷりに笑うんだもの。『僕が約束を破ったことなんてないだろ?』って…結局あの後私は屋敷に連れ戻されちゃってルルーシュ達を追うことも出来なかったわ。」
「…ルルーシュらしいです。」
「ああ、ごめんなさい。私から質問したのになんだか変なことまで喋っちゃった。これ、他の人には内緒にしてくださる?」

さすがに皇族に対してこんなことを言っていたのがバレると色々とうるさい。
そう思って言えば、スザクは苦笑して頷いてくれた。いい子だ。

「リリーシェ様は、どうして日本へ?」
「うちの兄へ一言言いたかったのと、それから兄の部下さん達が苦労してるだろうから差し入れ、最後にお父様が頭に血が上って私にゼロを打倒してくるんだー、なんて言い出して収まるまで時間が掛かりそうだったからどうせならしばらく滞在しようかな、みたいな感じで今日のお昼ごろに来たの。」
「え?ゼロを打倒…ですか?」
「その辺りはキューエル様が、軍に任せて君は休暇を貰ったと思っているといい、なんて仰ってくださったので私はあまり気にはしていなかったりするんですけど。」
「そのほうが良いですよ。」











夢主の猫被りは三枚まであるぞ!
とりあえずブリタニア関係には三枚、スザクには被り損ねたので一、二枚だけ被ってます。
具体的に言うと、三枚=一人称「わたくし」で「〜ですわ」口調。二枚=一人称「私」で「〜です」口調、一枚=一人称「私」で女言葉。
素は一人称「俺」で男口調です\(^o^)/