《 契約を交わす 》
透明な瞳だった。 綺麗な人だと、素直に思えた。 「…いいよ。契約をしようか、研究者。」 「本当に?」 「望まれるのなら、嬉しいと思うよ。そして君が、俺だけでなくみんなも好きになってくれたら、俺は嬉しい。」 俺の言葉に、彼は僅かに首をかしげただけだった。 幼い子供のような仕草に、思わず苦笑が浮かぶ。 「そして、それで最愛の存在を救えるのなら。この俺が迷うはず、ないだろう?」 「よかろう。これよりぬしと我は一心同体。」 「ああ。共に、生きよう。」 頷いて手を取れば、彼はふ、と本当に綺麗に、そしてどこか嬉しそうに、微笑んだ。 すり抜けるはずの彼の手は、契約の力故かそこに存在し。 触れ合った指先から、彼の熱が伝わってくるのがわかった。 と、不意に違和感を感じて上を見上げる。 なにか、 「来た。」 「そう、みたいだ。…白梟、かな。」 「そのようだ。どうする、。」 「とりあえず、システムの書き換えが先かな…あっちには黒鷹が居るし、少しは時間稼ぎをしてくれる、と思う。」 「そうか。…では、やろう。」 「ああ…って、あ。」 「どうした。」 不意に上げた声に、彼が怪訝そうにこちらを見た。 「いや、…君の名前を、まだ聞いていなかったよ。」 「我の、名…?…………なんだったか…。」 訝しげに顰められた眉は、彼が本気でそうつぶやいたことを明らかに表現していた。 「名など必要としていた時間はとうの昔だったからな…忘れた。」 「…ええと、それじゃあ俺は君をなんて呼べば良いのかな。やっぱり名前、って大事だと思うし。」 「ならば、ぬしが決めれば良い。」 「俺が?」 あっさり告げられて、逆にこちらがきょとんとしてしまう。 が、彼の表情はいつもの如く無表情だ。多分本気だ。 「む…そう、だな…ええーと…。」 急に名前をつけろと言われても困る。 やっぱり綺麗な名前が良いな。 綺麗な銀を持っているのだから。 「六花…は、どうかな。」 「りっか?」 「6つの花、って書くんだけど…。雪の結晶の形のことなんだ。君はとても綺麗で真っ白な銀を持っているから…」 説明していて、なんだか凄く恥ずかしいことを言ってしまったような気がして、俺は言葉を濁した。 「顔が赤いぞ。」 「う、うん…えぇと、それで、どうかな。嫌なら別の名前を」 「いや、それでいい。」 俺の言葉をさえぎるように、彼は口を開いた。 びっくりした俺に気付くことなく、少し考えるようにして、呟く。 「違うな…それがいい。ぬしが我の為に考えたもの。…我の名はこれより六花だ。」 「…っ」 え、ちょっと。 なんか凄い嬉しいけど恥ずかしいようななんだろうこの複雑な気持ちは。 銀朱が時々真っ赤になって言葉にならない状態だったときの気持ちがわかった気がして、俺は心の中で銀朱にわびた。 今までからかいすぎてごめん銀朱。 「?早くしないといけないのではなかったのか?」 「あ、そうだった。早くしないと。えーと、どうすればいいのかな…。」 例の光の柱が目の前にあるけれど、線でも探せば良いのだろうか。 「手を突っ込んで、変えたいと思うことを思えば良い。手間は我が省いてやろう。」 「わ、わかった。じゃあ、お願い。」 「ああ。任せろ。」 頷いた彼…六花に頷き返して、俺はそっと、光に触れた。 変えたいものがある。 変えてしまって良いのか、結論を出してしまってはいけないほどのことなのだけれど。 それでも、きっと。 この世界が本当はやさしいと、信じていたいから。 だからこうして、手を伸ばす。 掴めないかもしれない。拒絶されるかもしれない。 そんな恐怖を無視できるのは…、 この世界が、好きだから。 やさしい人にはやさしい結末を迎えて欲しい。 いとしい人には笑っていて欲しいと思う。 ほんの欠片しか知らなかった世界は、気付けばたくさんの大事なもので出来ていた。 「―――。」 「…っ」 掛けられた声に、俺はハッと意識を覚醒させた。 「あ、れ?」 「終わったぞ。」 「え、あ、そう、か……システムの変更は、完了出来た、んだよな?」 「ああ。」 こくりと頷く六花に、俺はやっと肩の力を抜けた気がした。 瞬間、思わず瞳から涙がこぼれた。 「ありがとう、六花。」 「我の力ではあるが、それはぬしの願いと行動があってこそのことだ。」 「それでも。君が応えてくれなければ、出来ないことだった。だから―――ありがとう。」 涙ながらに微笑めば、六花は苦笑を浮かべたようだった。 そうして、そっと俺の涙を拭って、泣くな、と言った。 「奴らの下へ行くのだろう?」 「…うん。もう、争わなくて良いように。ちゃんと、…幸せになって欲しいから。」 「そうか。……」 「ん?」 「ねむい…。」 「…早速ですか。」 さっきまでの真剣な表情はどこへやら。 ぼーっと眠そうにふらふらし始めた彼に思わず苦笑していると、六花は俺にもたれたままあっという間に夢の世界へ。 「…本当、寝るのが趣味になっちゃってるのかな…。」 さすがにここにおいておいたら、実体化してしまった以上、風邪を引いてしまうだろう。 そう思い、お姫様抱っこというものに挑戦してみた。いやまあ、抱っこされる側じゃなくてする側なのだが。 「可愛らしいといえば、らしいのかな。…これからよろしく、我が半身様。」 一気に飛んで研究者と契約。 玄冬たちは現在白梟と銀朱と対面中。暗躍すぎる夢主。 なんか研究者に気に入られたので色々することが可能になりました、という話。 気に入られるきっかけだとかそのへんの会話がバッサリないので唐突過ぎることになってます。 |