《 現状把握までの話 》



―――うたが、きこえる。

なにをうたっているのかは、ききとれない。

でも、きれいなだけじゃない。
そこにこめられた、あふれるくらいのおもいが、むねに、ひびく。

―――ないている。

そう、ないていた。
かなしいのか、せつないのか、それともおこっているのか、くるしいのか。
いろいろなものがまじりあい、うたをかなでる。

そう、うたっているんじゃない。
かなでているんだ。

でも、きいていてこちらまでなきそうになる。

おねがいだから、

「なくな、よ…、」

呟いた声は掠れて、うたが段々きこえなくなってくる。
焦ってどこかもわからないうたの発生源へと手を伸ばし、そこで、見知らぬ声に留められた。

「目が覚めたようじゃの。」
「……え…?」

手を宙に伸ばしたまま固まった俺に、見知らぬ声が笑ったようだった。
見知らぬ、声?
いや、知らないはずだ。知り合いにこの声の持ち主は居なかった。というかこの声でこの喋り方はないだろ。
でも、どこかで聞いたことがあるような、そんな気がしてならない。

いつのまにか閉じていたらしい目蓋を開けると、見知らぬ天井に、明かりは電気ではなくランプの光が目に入った。

ぽかん、と何度か瞬きをして、上げたままだった手を引っ込める。
そうして、横たわっていたらしい場所から、上半身を起こし、未だに笑っている相手を見た。
何か文句のひとつでも言ってやろうと思ってした行動だったのだが、その笑っている人物を見て俺は完全に固まってしまった。

「ふふふ、どうした?いつまで阿呆面をしておる。」
「…ぁ、え、ちょ、ちょっとまて…!」

思わず混乱する思考を整理しようと、俺はそいつに片手で制し、深呼吸をする。
それからまた恐る恐るとその人物を見た。

布を幾重にも重ねた変わった服装。マントのようなものを一番上に羽織っている。
そこからいくつもの呪術的な符などとぶら下げ、顔には仮面の出来損ないのようなものが掛けられていた。
そして、染めたわけじゃないのは見ただけでわかる、緑色の髪の毛。
極めつけは、髪と同じ色合いの、耳だ。
ただの耳じゃない。
…猫耳。だった。

「…あんた、…あれ?」
「なんじゃ?」

そこでようやく、俺は自分の異変に気づいた。
声が異様に高い気がする。
何度か咳をして声を出してみるが、変化はない。高いままだ。
首を傾げた拍子に目に入った自分の髪の色に、俺はまた驚いた。

「これ…なん…、なぁあんた、俺の髪、白くないか?」
「おお、真っ白じゃのう。」
「なんで…、」
「それにしてもおぬし、わけわからんのう。わしの寝床へ現れたと思えば意識はないわ、目が覚めたと思ったら妙な行動ばかりとる。極めつけがその身体じゃ。」
「…えぇと、色々聞きたいような内容ばっかり話してもらってアレなんだが。俺も確かめたいことがあるんで答えてもらえると嬉しい。」

面白そうにこちらを見ていたそいつは、言ってみろとばかりに頷いた。

「…ここは、その…―――森の中の祠、なのか。」
「ああ。」
「藍閃の街の側の?」
「ああ。」
「あんたの耳と尻尾…本物、だよな?」
「そうじゃ。動くぞ?」

そう言って、そいつはぱたりと動かしてみてくれた。意外とサービス精神が旺盛なのかもしれない。

「―――あんたは、…猫の間で呪術師と呼ばれている存在なのか?」
「そういう風に呼ばれることもあるようじゃな。」
「ドッキリだったりしてくれないよな?」
「ドッキリがなんのことかわからんが、違うじゃろ。」

小さく首を傾げながらの答えに、俺は思わず突っ伏した。
なんということだ。
これはいわゆるトリップとかいうやつじゃないのか?ていうかトリップとかって髪の毛の色とか変わるもんなんだろうか?くそっもっとあいつに色々聞いておけば良かった。こういうのはこのゲーム押し付けてきたあいつの得意分野だろうが。というかこういうのはあいつこそが望んでたんじゃないのか?そもそもなんでよりによってこのゲームなんだよ俺死んだらどうするんだよ。

「ああ…神は死んだ…。」
「…おぬし、本当に大丈夫か?」

突っ伏したまま呻くように言った俺に、呪術師は珍しく純粋に心配そうな声で声を掛けてきたのだった。







しばらくその状態で居た後、正気を取り戻した俺は、辛抱強く俺が復活するまで待っていたらしい呪術師に謝っていた。

「…悪い、えぇと、なんだっけ、俺はどうやってあんたの前に出たんだ?」
「うむ、わしが睡眠を取ろうと寝床に戻ろうとしたときじゃ、急に光が部屋の中に溢れ、おぬしが倒れておった。」
「なんだその無駄に派手な出現方法。」
「しかもおぬしあれだけ派手な出現しておきながら意識がなかったからの。」

ふふふ、と面白そうに笑っている呪術師に対し、俺は居心地の悪さを味わっていた。
くそ、この世界に来たのだって理由もわかってないし原因もわかっていないのに、なんだこれは。耳に痛い。俺のせいじゃないってのに。

「参ったな…。」

ふう、とため息をついて頭をかく。その手は記憶にある自分の手よりも小さい。
先ほど呪術師にとりあえず謝ろうと立ち上がったときにはもう気づいていた。
そもそも、先に声に気づいたのだ。…よくある女体化とかじゃなくて良かった、と思うしかない。
でもここってホモゲーの中だしな、男のほうが危ないんじゃ…あ、いや、この世界だと女も危ないのか。
物騒すぎるだろこの世界…。

げんなりしつつ、とりあえず呪術師に聞くだけ聞いてみようと、顔を上げる。

「あのさ、別の世界に渡る方法、とかってわかるか?」
「別の世界…?さて…。」

呪術師は少し思案するように視線を逸らした。
が、小さく首を振り、こちらを見る。

「似たようなものは思い浮かぶが、それは悪魔の世界などとは違う意味での世界じゃろう?」
「ああ。」
「ならば、残念ながらわしの記憶にはないの。」
「そう、か…。」

この世界で一番知識を持っているだろう彼の記憶にもないとなると、果たしてどうしたものなのか。
この世界で生きていくというのは、正直辛い。元の世界のほうが大事なものは多いのだ。

「妙だ妙だと思ってはおったが、なるほど、おぬしは別の世界から来たんじゃな。それならば、戻るのも同じ方法なのではないか?」
「同じ…方法?」

呪術師の言葉を反芻する。

「…って言われても…俺はただゲームが終わって、そしたら猫の鳴き声が聞こえて…振り返ろうとしたら急に光が広がって…。」
「つまり、さっぱり何も覚えとらんというわけか?」
「う…。…あ、そういえば…目が覚める前に変な、なんだろ、夢?を見たんだよ。」

あれは夢だったんだろうか。
思いながら、記憶を呼び起こす。

「うたが聞こえたんだ。なんてうたってるのかはわからなかったんだけど。こう、色々な感情が混ざって溢れそうな、だれかが泣いている、うただった。…まぁ、それとこっちに来た理由とか原因とか方法とかには関係ないかもしれないけど。」
「そうじゃのう…おぬしに関してはわしもお手上げじゃ。さっぱりわからん。」
「え…、…あんた、未来が見えるんだろう。それで、俺のことを見れたりしないか。」

俺の言葉に、呪術師はちらりと俺を見て、それからふう、と息をついた。

「おぬしに関してはさっぱり見えん。ただ…何か大きな力のようなものを感じる。おぬしを害するものではないことは確かなようじゃが…。」
「大きな、力…?」

確か、主人公であるコノエも同じようなことを言われていなかっただろうか。あれは確かシュイのことで、狙っているのはリークスだったっけ。
それはともかく、主人公でもなんでもない俺が、大きな力とやらに見守られているのはなんだか妙な感じだ。
これもトリップ権限とかいうやつなんだろうか。

「なあ、あんた、コ…いや、ええと、のろわれた猫、とかには会ったのか?」
「のろわれた猫?…いや、ここ何年も、わしの祠を訪れたものはおぬし以外にはおらんよ。」
「…コノエ、って名前に聞き覚えもないか?」
「聞いたこともない名前じゃの。」
「…そう、か。」

どうやら、物語の始まる前の時期に来たらしい。
しかし、そうなるとあとどれくらいで本編が始まるのか…。
まあいい。
それよりも今は、今後のことを考えなければ。
確かこういうことのセオリーとして、物語が終われば元の世界に戻れる、とかいうのが多かった気がするし。

「…さっきから俺ばっかり質問してて悪いな。」
「いや、構わんよ。それよりおぬし、これからどうするつもりじゃ?」
「う…。」
「それに、その姿では迂闊に外を出歩いたら野盗に襲われるぞ?」
「うう…そう、だよな…。それに…、」

耳や尻尾のこともある。
人間である俺には当然、猫の耳や尻尾などはついていない。髪の色と外見年齢が変わった以外にはいじられていないらしいことは良いことなのだろうが、やっぱりちょっと不便ではある。特に、この世界を歩くには。

「おぬしは…二つ杖なのじゃな?」
「ああ…ここでの言葉で言うとそうなるな。やっぱりバレるとまずいか。」
「そうさのう。熱心に崇め奉られて生き神扱いされるか、もしくは高値で売買されるかのどっちかじゃろうな。」
「…それは…嫌だな…。」

勘弁して欲しい。
人間っていうだけでそんな扱いを受けるのは理不尽すぎる。

「おぬしが二つ杖ならば、わしの話し相手になってくれるか。…コノエという呪われた猫がここへ訪れるまで。」
「―――!なん、で…。」
「先ほどのおぬしの言動を考えてみればすぐにわかることじゃろ。おぬしどうせ行き場もないのなら、わしが寝床を用意してやろう。二つ杖の話はわしの知識を満たしてくれるじゃろうし、おぬしにとっても悪い条件ではなかろ?」
「それは、願ってもない話だけど…あんた、こんな初対面でそんなこと信じていいのか?」
「なぁに、おぬし程度に簡単にやられるほどヤワではないわ。で、どうするのじゃ?」
「…わかった。あ…俺は。その……ありがとう。」

こうして、俺は呪術師の祠で共同生活を送ることになったのだった。

「どうでもいいが、おぬし、その見た目で一人称が俺はちとおかしいぞ。」
「…放っておいてくれ。」











呪術師が好きです。