《 主人公がやってきた 》



あれから数日。
呪術師に色々話したり、教えてもらったりしながら、俺は結構平凡な毎日を過ごしていた。
料理はしないという習慣のようなものに最初は辟易したものだが、呪術師がなんでも好きなものでも買ってくればいいと言って渡されたお金で藍閃から色々買ってきて、料理道具やら食材やらが祠の中に増えてきた。

そういえば、藍閃へ行く途中に野盗に襲われたときに、色々なことが発覚した。
ひとつ、俺の身体能力が異常に上がっていたこと。
重力を余り感じないというか、うっかり本気でジャンプすると木の上まで飛べた。びっくりだ。
あと力も、普段はそうでもないが、力を込めて行動すると結構出ているようだった。
素早さも上がっていたりと、結構至れりつくせりだ。
ふたつめ、俺はどうやら、賛牙っぽい性質があるらしい。ぽいっていうのは、やっぱり俺は人間だから。それに、俺がうたう相手が居ないってのもある。
なんとなくホームシックで、元の世界の歌を口ずさんでいたら、ふわっと身体があつくなって、光を纏っていたのが見えたから。多分。
みっつめ、どうも世界のこえを聞けるっぽい。他に比較対象が居ないからなんともいえないけれど、なんとなく草木の感じている感情、というか、そういうものがわかるような気がするのだ。
呪術師は、三つ目の能力について語ったとき、ならばおぬしの最初に聞いたうたは、世界の嘆きかもしれぬな、と言っていた。

世界は、今もどんどんと闇の力に侵されていっている。
それはもちろん、リークスのせいもあるんだろう。
でも、二つ杖―――人間が滅びたと同じように、世界が嘆いたのかもしれない。
まあ、人間よりリビカのほうがまだ性質はマシかもしれないなあ、とは思わなくもないけれど。
でも実際のところどうなんだろう?悪魔に出会ったときにでも聞いてみようか。

そんなことを祠の側の木の上でつらつらと考えていると、ふと、見知らぬ気配を感じて俺は目を細めた。
木の上から降りて、気配のする方向を見る。
その動作に、俺の腰から伸びた尻尾が揺れた。

―――そう、尻尾だ。
ついでに、猫耳もついている。
別に生えたとかいうわけじゃない。いわゆる…まあ、付け耳と尻尾というか…。
これをつけるのに俺は色々なものを棄てた気がする。
この世界じゃ普通とは言え、元の世界でこんなことをすればただの変態だからだ。

と、今はそんなことを嘆いている場合ではない。

呪術師の張った結界の力で、魔物や邪な存在はここへ近寄れないことになっているが、念のためだ。

何かを目指すような方向性のある気配だ。
目的は、祠だろうか。

そうだとするならば、この気配は。

ガサッ

俺の考えが合っていることを示すかのように、少し離れた位置の茂みが揺れ、こちらへ近づいてきていた人物達の姿が露になった。

「祠、じゃあ、ここが…」
「…何者だ。」

コノエと思しき猫が連れの白い猫を仰ぐ。
俺は少し警戒した様子で、声を上げた。

…別に友好的に入れてもいいんだけどさ、ほら、ライって頭に血が上りやすいじゃないか。
ここはもう、俺にとっては現実なのだから、何かがあって、返せないくらい恩を受けた呪術師に何かあっては困る。

「貴様こそ何者だ。」
「…訪れた者の言う言葉ではないね。お、…僕は。今はここの…そうだな、番人みたいなことをやってるよ。」

いけないいけない。呪術師と話すときは俺に一人称を戻していたからつい間違うところだった。

「君達はここへ何の用?用件次第じゃ、ここを通すわけにはいかないよ。」
「ならば突破するまでだ。」

そういって、白い猫―――ライはすらりと剣を抜いた。
その様子に慌てたのは俺ではなく、ライと共に居たコノエだった。

「ちょっと待てよ!あんな小さい子相手に…!」

小さい子、という言葉に、外見上変化せずとも俺はショックを受けざるを得なかった。屈辱だ。
好きで小さくなったわけではない。そもそも22歳の姿だったなら俺はコノエより身長は高かったはずだ。

「…っ好きで小さいわけじゃない…!」
「ぅわ、ご、ごめん!で、でも俺たちは別に戦いに来たわけじゃなくって、呪術師に用があるんだよ!」

コノエの口調は、俺が知っているものよりもいくらか穏やかな気配を感じた。
何故だろう、と思うが、それも多分俺の今の姿が子供だからだ。
屈辱だ。
だが、ここで頭に血を上らせては本当の子供と何も変わらない。
俺は小さく息をこぼすと、ライに気をやりながら、コノエを見た。

「用件は。」
「それは…、」
「言えないのなら、ここは通せない。」

俺の言葉に、コノエはためらったように視線を逸らし、それから決意したように俺を見た。
まっすぐで、綺麗な瞳だった。

「呪術師に…どうしても、聞きたいことがあるんだ。危害を加えたりしない。」
「君の連れはそんな風には見えないけれど。」
「ライ!」
「…ちっ」

コノエの言葉に、剣を携えていたライは抜き身の剣を鞘に収めた。
見事な調教師っぷりだ。アサト相手だけじゃなくライにも有効とは。

「…約束する。だから、そこを通して欲しい。」
「…君は綺麗な瞳をしている。いいよ、ついておいで。」

俺はフードの下でくすりと笑って、それから二人に背を向けた。
もちろんそれなりに気をつけてはいるが、俺が二人を信用するというのを表現するには行動するのが一番だと思ったからだ。











門番は暇つぶしのひとつです。