《 覚醒きょうだい 》



奏の使っているという部屋の前で、ゆかりが扉を叩いている。

「お願い、おきて!」
「奏、起きなさい!緊急事態だから今なら扉も蹴破るわよ!」
「えっ先輩それはちょっと…!」

そんなやり取りをしている間に、奏は起きてきたらしく、中から扉が開いた。

「姉さん…?来るのが遅くなったんだ。」
「奏と同じくモノレールの故障でね。」
「って、だから、今はそんな話してる場合じゃないですってば!えっと…説明してる暇ないけどとにかく、碧海くんもついてきて!」
「え?…わかった。」

ゆかりの気迫に何か感じるものがあったのか、私の方を見て、それから奏は頷いた。










とにかく屋上へと逃げてきて、ゆかりが急いで鍵を掛ける。
はぁ、と息をついたのもつかの間。

「っ…!」

ぞくり、と再び背筋に悪寒が走った。
ゆかりと奏も気付いたのか、おそるおそる、そちらへと振り返る。

「っ…うそ…冗談でしょ…!」

屋上の縁に、影の手がいくつも見える。
壁を登ってきたのだろうか。
いくつもいくつも、あれだけの手が見えると、気持ち悪い。
やがてにょきっと、青い仮面がひとつの影の手によって持ち上げられ…きょろきょろと周りを見ていたそれは、私たちを見つけた。

「あれが…ここを襲ってきた”化け物”…シャドウよ…!」

言うなり、ゆかりは右足につけていたホルスターから拳銃を引き抜き、自分の額へと当てる。
が、それはシャドウの放った強烈な風を帯びた攻撃によって、ゆかり共々弾き飛ばされてしまった。

「きゃあっ!」

カランカランッ…!

ゆかりの手から零れた拳銃が、床を滑るように落ち、奏の足元で止まった。
奏はやや呆然と、シャドウを見て、それから、ゆっくりと下へ視線をおろした。

「奏…!」

あれはおそらく、より簡単に、確実に、もう一人の自分を呼び出すための道具だ。
でも、今から駆け寄って奏の手からそれを奪うには、少し遠い。

―――そして、おそらくはこれも”必然”なのだという、声が心に響いたような気がして。

奏が、引き金を引いた。

まるで最初から使い方を知っていたかのような手順で引かれたそれは、奏の心の内側に眠っていたもう一人を呼び出す。
光の粒子と共に現れた姿は、大きな竪琴を背負った、白と水色を基調とした姿のもう一人の奏

―――ペルソナ。

「っ…あ、あぁああああ!!」
「奏っ!?」

バキバキと、奏のペルソナ、オルフェウスの身体の中から何かが姿を現すと同時に、奏が苦痛に悲鳴を上げた。
慌てて奏の元へ走りより、ぎゅうっと奏を抱きしめた。

「落ち着いて奏、自分をしっかり…っ」

頭を抱える姿を見るのは、つらい。
オルフェウスの中から現れたそれは、見知った気配をまとっていた。
だからこそ、わかる。

「お願い…奏を苦しめないで…ッ」

小さく、呟くけれど、その声が届くはずはない。
私の視界に、拳銃が入った。
あれを使わずに呼べば、おそらく後々何か言われてしまうだろう。
それならば。

私は、そっと、片手を伸ばして拳銃を拾って…自分の額へと構えた。

さすがに拳銃を自分で頭に突きつけるという経験はないので、少し怖い。
ひとつ、息を吐いて、そっと、呟いた。

「…エウリディケ。」

ぱぁんっ!

ガラスが砕けるような音がして、もう一人の私が姿を現す。
シャドウを消滅させた”それ”は、大きく咆哮を上げていた。
私のエウリディケが、そっと光と共に、ゆっくりと抱きしめる。

ザザッとノイズが走ったように見えた姿は、オルフェウスのものへと戻っていた。

「終わった…の?」

ゆかりが呆然と、呟く。
事態の収束を見て、エウリディケ、そしてオルフェウスは心の中へと舞い戻る。

「姉さん…」
「奏…、もう、大丈夫だよ。」
「う、ん…」

私の言葉にこくりと頷いた奏は、そのまま目蓋を下ろし、身体から力が抜けた。
それを感じると同時に、私の視界も歪み、ゆっくりと身体が傾いでいくのを感じる。

「あ、れ…?」
「え、ちょ、二人とも!?」

慌てるゆかりの声が聞こえて、そのまま私は意識を飛ばした。










時折訪れるあの青い部屋―――ベルベットルームでお茶を楽しんだ後、私は慣れ親しんだ自分の意識を覚醒させた。
私と奏がそろったこと、そして満月だったこと、奏のペルソナが覚醒したこと…様々な要因が重なって倒れてしまったようだ。

目蓋の外が明るい。どうやら、夜ではないようだ。

「…ん、目が覚めたのか?」
「…?」

ぼう、と辺りを何気なく見ていたら、声を掛けられた。
声のほうを見れば、確か明彦の仲間だという、赤い髪の少女が見える。

「気分はどうだ?」
「悪くはない、かな…?ここは…病院…?」

私の答えに安堵の息を吐き、少女は頷いた。

「ああ、駅前から少し行ったところにある、辰巳記念病院というところだ。お前達は一週間眠っていたんだ。…目覚めてよかった。」
「一週間も…。…あ、奏は…」
「彼も君と同じように眠ったままだ。君もこうして目覚めたことだし、そろそろ目覚めても良い頃だろう。」
「そっか…。」

奏もペルソナを覚醒させ、そして影も目覚めた。
私と連動している奏なら、おそらくはそろそろ起きているはずだ。

「後で碧海…君の弟と一緒に聞いてもらうことになるが、軽く説明しておこう。あの影のような化け物…私たちはあれを”シャドウ”と呼んでる。そして、あの夜君や君の弟が使ったものは”ペルソナ”と呼ばれている…。入寮早々、こんなことになるとは思わなかったんだが、な…。」

最後のほうは独り言だったらしく、わずかに首を振ると彼女はこちらへ向き直った。

「そういえば、私の自己紹介がまだだったな。私は桐条美鶴、君と同じ3年だ。」
「改めて、碧海よ。奏と被っちゃうから、って呼んで頂戴。」
「そうさせてもらおう。私のことも、美鶴でかまわない。」
「…ふふっ」
「?…なんだ?」
「いや、明彦と自己紹介しあったときも同じような会話したなぁって思って。」












夢主のペルソナは、P3主のペルソナの奥さんなペルソナです。
P3本編で出てこなかったんでいっかなーと思って…。