《 大事なのに 》
「え?アイギスが居ない?」 「ええ、最近アイギス、夜遅くまで出歩いてることも多くて…今日も戻ってないみたいなんです。先輩はアイギスを見かけませんでした?」 「うーん…今日はまだ見てなかったな…。」 「そうですか…もうすぐ影時間ですし、私もユノで探してみますね。」 そう言って風花は踵を返していった。 それを見送って、私はひとつ、考える。 「…まさか…、」 あまり、考えたくないことだけれど。 でも、最近のどこか思いつめた様子のアイギスを思い起こしてみると、決して見当外れではない予測だ。 「…探さなきゃ。」 今夜は満月だ。 あのときも…満月だった。 コートを着て下へ降りると、丁度部屋へ戻る途中だったのか、奏が怪訝そうに首をかしげた。 「姉さん、今から出かけるの?」 「ああ、ちょっとね。もしかしたらアイギスが居る場所、心当たりあるかもだから見てくる。」 「俺も行こうか?」 「そんなに遠くないから大丈夫よ。」 「影時間までかかりそうだったら、早めに連絡かもしくはペルソナ出してもらえばキャッチできると思うから。」 「うん、そうならないよう気をつける。じゃ、行って来るね。」 ぱたん、と寮のドアを閉じて、私は大きく息をついた。 「アイギス……ファルロス…綾時…、」 きゅ、と一度唇を噛んで、声に出さずに呟いた。 (―――宣告者、デス) 私と奏の中に居た存在。 私にとっては、奏と同じように、弟のような存在。 ―――人間にとっての、死の宣告者。 「…わたし、」 (もしかしたら、あの子にとってすごく残酷なこと、してしまったのかもしれない―――) いつのまにか駆け足になったせいか、呼吸が苦しい。 「っあ…!?」 思わず首を左右に振ったところで、小石に足をつまずかせてバランスを崩してしまった。 転ぶ寸でのところで手を突いて、ふう、と息をつく。 そして、地面の色が変わっていたことにようやく気付いた。 「影、時間…。」 それならなおさら急がないと。 影時間のペルソナの発露は、容易いから。 ―――私は、どうしたいんだろう。 答えは出ないまま、私の足は、10年前の事故現場…ムーンライトブリッジへと向かっていた。 「きめられたことができない機械に…意味なんて…ないですね…。」 崩れ落ちたアイギスと、立ったまま、アイギスを見る綾時の姿。 「ごめんなさい…みなさん…、」 私がムーンライトブリッジにたどり着いたときには、すでに戦いの決着はついてしまっていた。 崩れ落ちたアイギスの姿に、動くことも忘れて呆然と立っていると。 「…こわいよ…。」 掻き消えるような、小さな声で。 その言葉は、私の元へ届いた。 「っアイギス!!」 「…さん…?」 たまらず駆け寄れば、動かない体で、それでもアイギスは私を見た。 「すみません…わたし…」 「ちがう、アイギスは何も悪くない!私が、私こそ謝らなきゃいけないのに…!」 言葉が詰まる。呼吸も苦しい。 「おぼえてたのに…私、ちゃんと覚えてたのに、この地へ戻ってしまった…!決着、つけなきゃいけないってわかってたけど、私…!」 「ちがいます…さんのせいなんかじゃ、ない…。」 「私のせいだ…!私と奏が揃って戻ったりしなければ…アイギスも綾時も傷つかずに済んだかもしれないのに…!!」 「ワン、ワン!」 思わず零れる涙のまま叫んだ私の耳に、聞きなれた犬の声が届いた。 アイギスの手を握ったままそちらを見れば、みんなが走ってきている。 「…アイギスっ!?」 「ちょ、ど、どうしたの!?」 「みんな…。」 泣いたせいかぼうっとする頭でみんなを見回せば、すぐそばでしゃがんだ奏が私の頬を伝う涙をぬぐってくれた。 連絡もしないでこんな場所に来て、怒っていてもおかしくないのに、奏の顔には心配そうな色しかない。 「いつまでも戻ってこないから…心配した。」 「ごめん…。」 「すみません…わたし…、」 駆け寄った美鶴を見て、アイギスは言葉をつむいだ。 「わたし…全部、思い出した…。私が…誰なのか…、彼が、誰なのか…。」 アイギスは、美鶴から視線を外し、私と…そして、奏を、見た。 「あなたのそばに、居たかった理由も…わかったの…。ごめんなさい…私、やっぱり、勝てなかった…。」 「アイギス…、もう、大丈夫だから…。」 奏もまた、アイギスの手をそっと握って、そう言った。 けれど、アイギスは痛ましげに視線を俯かせる。 「ごめん…なさい…。」 「…君が謝る必要なんてない…。」 かつかつ、という足音と共に放たれた言葉に、みんなはそこで初めて彼が居ることに気付いたようで、驚いたような表情で彼を見ていた。 「お前…!?」 「綾時…。」 「え…なんで、ここに!?」 がくん、とアイギスの身体から力が抜ける。 「アイギス!?」 「…機能が停止、しただけ…だと思う。」 風花の上げた悲鳴に、奏が心配そうにアイギスを見ながら言う。 ほっとして、みんなはまた、綾時に視線を戻した。 「どういうことだ…」 「すべて…僕のせいなんだ…。」 綾時の言葉に、明彦が思わず前に出ようとすると、美鶴が片手を出して制した。 「やめろ明彦。彼は戦う意思を見せていない。」 「…綾時のせいじゃない…!」 「姉さん…?」 ぎゅ、と手を握って言った私に、奏が戸惑ったように視線を移す。 美鶴は真偽を見極めるように、私と綾時を見て言った。 「説明してくれないか…君は、何者だ?」 「僕は…君達が”シャドウ”と呼ぶものと、ほぼ同じ存在なんだ…。」 「「「!!!」」」 「お前がシャドウだぁ!?」 「僕はシャドウから一歩進んだ存在…。12のアルカナがすべて交わって生まれる、”宣告者”なんだ…。」 「宣告者…?」 「さっきすべてを思い出したんだ。シャドウの正体…そして、僕自身の恐ろしい正体も…。」 「信じられない…!っこんなことって……ッ」 がくん、と綾時は膝を落とす。 「…シャドウの正体を知っているのか?」 美鶴の問いに、綾時はこくりと頷いた。 「シャドウたちの目的…それは”母なるもの”の復活なんだ…。”死の宣告者”…その存在に引き寄せられて、”母なるもの”の目覚めは始まる。」 「死の宣告者…それが、君だというのか?」 「母なるものって…いったい…。」 「大いなるものさ…。君たちの言語に、当てはまる言葉はない。」 答え、綾時は俯いていた視線を、奏へ向け、そして、私を見た。 「10年前…一人の人間の手によって、無数のシャドウがひとつの場所に集められた。そこで僕は生まれたんだ。…でも結合は、なぜか急に中断されてね。僕は不完全なままで目を覚ました。」 その言葉に、私は思い出す。 死の恐怖、呼び声…約束と契約…、そして降り立った、事故現場。 「そして、僕はアイギスと相打ちになった。」 「アイギスと…!?…本当なのか…リョージ…?」 「彼女は僕を封印しようと捨て身で挑んだ。そして僕は、たまたまそこに居た二人の幼い姉弟の中に封印された。その姉弟は、僕を宿したまま成長し、運命の悪戯で、再びその地へ戻ってきたんだ。君達の学園に…転入生としてね。」 「転入生って…ま、まさか!?」 ゆかりが思い至ったのか、私と奏を見た。 綾時もまた、視線を私たちに戻して、頷く。 「そう…彼らだよ。僕はずっと彼らの中に居たんだ…。」 「「「!!!」」」 「そして…あの日既に目覚めていたと、この地へ戻った奏に特別なペルソナ能力が目覚め、それと同時に12のシャドウが目覚めた…。…二人の中の僕と、ひとつになるためにね。」 「リョージが”死の宣告者”で?しかも、奏たちの中に入ってただと…!?…いきなり言われたって、信じられっかよ、そんなの!?」 「すべて…僕が原因なんだ…。ごめんよ…っ」 俯いたまま、涙声で、綾時が言う。 「それに…君たちには、まだ…大事な、ことを…伝え……」 「っ綾時!?」 ふらりと身体が傾いだのを見て、私はとっさに飛び出していた。 地面に倒れこむ前に、綾時の身体を支える。 「ひどく消耗しているようだな…。今日のところは、引き上げて休ませよう。アイギスの件もある。話の続きはその後だ…。」 ムーンライトブリッジ、12月イベントです。 |