《 こんにちは青い部屋 》



その日は、至って普通の一日だった。
あえて変化を言うならば、苦手科目が丁度自習になったことくらいだろうか。

学生の一人暮らしということで、それなりのセキュリティのマンションを親が選んでくれたのは、これまで一度も強盗だとかに襲われていないところからも感謝すべきところだろう。
いつものように自動ドアをくぐり、エレベータのボタンを押す。

ポーン♪

軽い音がして、目の前のエレベータの扉が開いた。
特に何も考えずにエレベータに足を踏み入れ、自室となっている部屋のある階層のボタンを押そうと身体を反転させ、動きは止まった。

「…え?」

思わず、目を瞬いてしまう。
何度目を瞑って開いてみても、そこにあるのは、ただ青い青い、なぜかすでに動いているエレベータの壁だった。
格子状になった外側には、やっぱり青い光が見える。

呆然と壁の方を見ていた俺が、再び動けたのは、背後からの声のせいだった。

「―――おや、珍しい客人だ。」
「どうやらそのようで…。」

若い男性の声と、年老いた老人の声。
びっくりして振り返ると、近くまで来ていたらしい男性が目に入った。

「っえ…あ……」
「なに、驚くことでもない。極稀に、君のようにここへ迷い込んでしまう人間も居るのだよ。」

そんなことを言う男性に、俺は目が釘付けになった。
声優でもやっているのかと聞きたくなるような美声に、一つに括られた艶やかな長い髪、綺麗な形の唇は、俺を安心させるためなのだろうか、今は微笑みの形をかたどっている。
すべてにおいて完璧のその人物は、残念ながら瞳を見ることはかなわない。
なぜなら、彼の目の部分には、鼻の上から額までを覆う、蝶の仮面が存在していたからだ。

(…何かの、冗談、だろう?)

その人物に、俺は心当たりがあった。
心当たりがあるというか、俺が一方的に、”二次元の存在”として知っているというか―――

「…つかぬことをお聞きしますが…。」
「なんだね?」
「…あなたの名前は…フィレモン、とか、いったりしません、よね?」

恐る恐る言った俺の言葉に、その人物は一瞬だけ動きを止めた。

「中々面白いことを言う…では、彼らの名前も言えるかな?」

くすりと笑って彼は奥に居る人物を手で示した。
その手の示す先には、先ほど彼と話していたであろう、特徴的な長い鼻の老人と、そして、青い服に身を包んだ銀髪に金目の美少女が居た。

「…イゴールと、エリザベス…?」
「! ほう…。」
「まぁ…。」

老人は目を見張り、美少女は口元に手を当てて驚いたような声を上げた。
うそをついているのではない限り、それは正解だと言っているようなものだ。
…そして、普通にエレベータに乗り込んだはずの俺が一瞬で違う場所に居たことを考えても、彼らが嘘をつく理由が考え付かなかった。











割と受難系男主人公。
詳細省いてますが、これ以降記憶喪失者です。

え?フィレモンって誰だって?
自分では直接手を出せない神様みたいなもんって覚えておけば間違いないんじゃないですかね…。