《 兄弟子は苦労性 》



「召喚師。」
「君は…、」

不意に掛けられた声に、僕は少し驚いて声の方向を見た。
長い黒髪に、凍りついた蒼の瞳。
マグナが誤まって護衛獣として召喚した、サプレスの悪魔。

「…?どうした、そんなに驚いて。…何か、作業中だったのか?」

それなら悪いことをしたな、なんて言う姿は、ごく普通の人間と変わらない。
ただ、その声と表情に温度は余り感じなかったけれど。

「いや…君は、…余り、マグナ以外と話そうとしないだろう?少し、驚いただけだ。」

僕がそう言えば、彼はなるほど、と納得したようだった。
そう。
彼はマグナ以外の人間には自分から話しかけることはほとんどしないようだった。
こちらから話しかければ淡々とではあるが、きちんと返答を返すし、同じ悪魔のバルレルよりはそういう意味では話しやすい存在、なのかもしれない。
もっとも、返答は反発だけれど感情露なバルレルの方が、人間としては馴染みやすいのかもしれないが。

「それに…君が、名前で呼ぶのはマグナだけのようだからな。」

僕のその言葉には、彼は先ほどのように頷くのかと思ったのだが、ああ…、と思いつかなかった、というような声を上げ、それから少し、ほんの少しだけ、目を細めて微笑んだ。

「…約束をした。」
「…やく、そく?」

初めて見るその微笑は、彼の凍りついた瞳が溶けるような、もしかしたら彼自身も気付いていないかもしれない、暖かさがあった。

「…とは言え、約束というよりは、願われた、というのが正しいのだろうな。私は、答えなかったから。」
「…?」

視線を逸らしての言葉は、どういう意味なのだろう。
マグナに願われ、けれど彼は答えなかった、ということか?

「だが、今マグナのことを名前で呼んでいるというのなら、それは約束…願いをかなえたということだろう?」

怪訝そうに僕が言えば、彼はどうだろうな、と思案げに首を傾げたようだった。
よくわからない。

「…と、それは今は良い。マグナが昨日の疲れのせいか今起きたばかりでな、授業のほうを少し遅らせてやってくれ。」
「…そうか。」
「?」

なんだか疲れて、それだけ返答すれば、彼は怪訝そうに僕を見てきた。

「…この時間になってもトリスも来ない、ということはトリスもまだ眠っているんだろう。仕方ない、授業は午後からにして、明日は午前中からやる、と伝えてくれるか。」
「ああ、わかった。」

昨日はあの二人も頑張っていたのだ。これくらい大目にみてやるしかないだろう。
はー、と大きくため息をつきながら自室へ戻ろうと踵を返せば、同じくマグナの部屋へと向かおうと方向転換していた彼が、何か思い出したように声を掛けてきた。

「…ニンゲンは、」
「?」
「余り気を詰めると簡単に壊れる。時に日差しに身をさらし、何も考えない時間も大切なのではないか?」
「…は…」

思わずぽかん、と口を開けて彼を振り返ってしまった。
彼はいつものように無表情で、こちらを見ている。
でも、今の言葉は。

「…ただの、受け売りだが。お前は他の者より少々気を詰めすぎだ。空いた時間に庭にでも出るといい。」

まるで、僕を労わっている、ような。
いや、労わっているとしか思えなかった。

予想外の言葉に唖然としている僕を全く気にした様子もなく、彼は「気にするもしないもお前次第だ。」と淡々と告げてくるりと踵を返して去っていったのだった。

「…はは…、」

思わず、乾いた笑いがこぼれる。
あれでは悪魔ではなくて、ただ表情が動きにくい人間ではないか。

僕は苦笑しながら、自室へと足を運んだ。
先ほどよりも、多少足取りが軽くなっているのを自覚しながら。











ネスを労わる。
そして無自覚に主人公→マグナ?