《 二人の始まりの記憶 》



その人は、俺がそこに行くといつも居た。
そうして、お互い名乗りあいもしなかった。
だって、俺は人間で、その人は悪魔だったから。

でも、俺達がお互いを攻撃しあうことは一度もなかった。

理由はわからないけど、あの人は別に争いごとに興味があるわけじゃないようだった。
でも、悪魔達と俺達…クレスメント一族との戦いのことは知っているはずだ。
俺は自分がクレスメントの者だと知られたくなくて、名乗れなかった。名乗りたくなかった。
アルス=クレスメントの名前は、悪魔達の中でも結構有名になってしまったのだ。
戦場にも出てこない彼は、俺がアルスだとは知らないだろう。
もっとも、戦地に近いこの花畑で会う以上、俺がクレスメントの一族の者だということには気付いているかもしれない。

あの人はやさしかった。

表情は余り変わらなかったけれど、俺が泣いてしまった時は傍に居てくれたし、頭を撫でたりしてくれた。
俺が話をすれば、相槌を打ってくれた。

あの人のことは、俺の片割れにも、イクシアにも、話せなかった。
正直、話したくなかった、という思いが強い。
あの人は誰にも渡したくなかったのだ。

あの地獄のような場所で、あの人だけが俺の安らぎだった。

何時からか、あの人が俺のことを「犬ころ」と呼ぶようになっていた。
俺はそれに反発して、「せめてわんことか!」と口走ってしまい、その後は「わんこ」と呼ばれるようになってしまった。
俺何やってるんだろう…。でも、この人に呼ばれるならなんでもいいや、と思えてしまうのだから恐ろしい。
俺はなんて呼べばいい?と聴けば、「好きに呼べ」と、相変わらずそっけない返事。
でも、それがこの人の素なだけで、別に俺が嫌われてるとかいうわけでも適当に返事しているわけでもないことはわかっていた。

俺は、あの人のことを、あの人の瞳の色を表して「ソラ」と、呼ぶことにした。

それから幾度も月日が過ぎて。
悪魔達との戦いも激化して、たくさんの異界の友を裏切って。
心も体もぼろぼろだった俺は、やっぱりあの人に会いに行った。

あの人はやっぱり、あの花畑に居てくれた。

声を掛けるより先に思わず涙をこぼしてしまった俺に、何も言わずにただ隣に座って傍に居てくれた。

あの時、初めて俺は、俺の名前をあの人に告げたのだ。
あの人の返答は、嫌悪でも憎悪でも、悪意でもなんでもない。
「そうか。」と、ただそれだけだった。
それだけだったのが嬉しくて、俺はやっぱりまた泣いた。
俺がすきだというたびに、その人はその感情は理解できない、と少しだけ困ったような表情を浮かべていたけれど。
それでもやっぱり、俺はあの人がすきだった。

あの人は去り際に、あの人の名前を教えてくれた。

綺麗な名前だと思った。
だから、俺があの人の名前を呼ぶときは、俺の想いを込めて、大切に呼びたい。



それが、あの人の名前。











遠い遠い昔の記憶。
大事に大事に想った記憶。
そんな感じにアルス→主人公。