《 飛ばされた先は孤島 》



はじまりは、唯一である召喚主からの一言だった。

「あ、ただいまー、なんかメイメイさんが大事な話があるから後で来てってさ。」
「おかえりマグナ。…龍姫が?」

怪訝そうな、ことに、マグナはうん、と頷く。

「ふむ…わかった。今から行ってみよう。マグナはどうする?」
「俺も行きたいけど…でもこれからネスと勉強会なんだよな…サボったら後が怖いから、後で何の話だったのか俺に話せることだったら教えて欲しいかも。」
「そうか、わかった。では、行ってくる。」
「うん、いってらっしゃーい。」

そんな、送り出す言葉を背には件のメイメイの店まで行き。










そうして。










そうして…―――?

そこまで考えて、ははぁ、と深いため息をついた。

「…戻ったら覚えていろメイメイ…。」

彼にしては珍しく、低い怒りのような色が篭った声だった。
しかしそれを振り切るように軽く頭を左右に振ると、は周囲を見渡した。

森、である。

何故こんなところに居るのか?
事情はよくわからないが、どうやってこんな場所へ来たのかという経緯についてはわかっている。
メイメイの店に行き、何やら珍しく真面目な顔をした彼女に「ちょっと因果律っていうの?触れない程度にイケそうなのが貴方だけなのよ。ってことで」なんて、こちらには全く意味不明なことを言われ、彼女が不意打ちに展開した術式に反応する前に、はこの森の中へと転移させられていたのだ。

しかし妙な場所だ、とは心の中で呟く。

リィンバウムであることは間違いないというのに、何故かニンゲンよりも四界の気配のほうが色濃く感じられる。
首を傾げつつも、はとりあえず適当に歩いてみることにしたのだった。

本人は全く気付いていないが、この辺りのアバウトさはクレスメント兄妹の影響を多大に受けていた。










そうして、しばらく歩いていると何者かの気配を感じ、それがどうやら戦闘中ということがわかると、はどうしたものか、と考える。

何せしばらく歩いてようやく見つけたここに生きている者だ。ニンゲンか召喚獣かはたまた動物かわからないが、戦闘中ということ、聞こえてくる剣戟から察する分にはニンゲンか召喚獣であることは間違いないだろう。
しかし戦闘中、ということは面倒ごとの最中、ということだ。

は基本的に面倒ごとにはかかわりたくない、と思っている。
召喚主であるマグナが面倒ごとにどんどん関わっていくので最近はもう慣れてきたところもあるが、かといって自分から面倒ごとに首をつっこむ趣味はないのだ。そもそもここには自分の仲間は居ないのだから誰がどうなろうと知ったことではないのであるし。

よって、面倒ごとに関わるとわかりながらその何者かからこの場所のことを尋ねるかどうか、という点においては考えていたのである。
そんなことを考えている間に、どうやら視界に収められる距離まで歩いて来ていたらしい。

がその戦いへと目を向けると、なにやら鎧に大剣の持ち主が一人で敵と相対しているようだった。
敵はどうやら、過去に見た事のある死霊…のようなものだろう、おそらく。
アレとは似ているがまた違うような気もしないでもない、が、まぁどちらでも大した問題ではないだろう。
鎧の持ち主は疲弊しているらしく、動きが鈍い。
無茶をするものだ、とは思う。
長く生きてきたは、一目でその鎧が何であるか理解していた。
だから、気まぐれだったのかもしれない。
お人よしな召喚主や仲間たちに影響されたのかもしれない。

鎧が死霊からの攻撃に剣を取り落とし、よろめいた。

『きゃ…ッ!』

そんな、無骨な鎧に似合わない可憐な少女の声が聞こえて。
その身体を次の衝撃に強張らせた鎧の主は、パキィン、と、硬質な音と、いつまで経っても来ない攻撃に怪訝に思ったのか顔を上げた。
先ほどまで相手をしていた複数の死霊が凍り、そして砕け散っていた。

『え…?』

再び、先ほどの可憐な少女の声。
何が起こったのかわからない、とでも言うようなその声は、しかし見知らぬ人物―――の姿を見つけ、驚いたように立ち上がった。
慌てて剣を拾い、こちらに警戒するのをは眺め、さて、と口を開く。

「今のが何かは知らんが…そのような鎧を纏わねばならんのならば、相手にしないほうが良い。」
『え、…?』
「ところで、聞きたいことがあるのだが、構わないか?」
『え?…え、ええ。』

動揺しているのか、先ほどから鎧姿の少女の声の持ち主は『え』しか言っていないが、頷いているのだし聞いてはいるのだろう。
は気にしないことにして、続きを口にした。

「ここはリィンバウムの…、」
「ファリエル様から離れなさい悪魔っ!!」
『え…っ』

訂正する。
続きを口にしようとした、その瞬間、不意に上空から殺気が降りてきたのを感じて、は口を閉じて面倒そうに小さく息を吐いた。
ひゅうん、と武器が風を切る音と共に、その物騒な行動を起こした存在が降りてきた。
の予想通り、天使、だろう。
そういえばマグナが、天使といえば金髪碧眼に白い翼!とか言っていたが、この目の前の人物は見事にそれに当てはまっているようだった。
そんなことを思い出しながら、はなんてことないように、小さく身体をずらし、片手で詠唱もなく障壁を展開してその武器を弾く。

キィンッ!

硬質な音と共にその武器が弾かれ、天使は驚いたように目を見開き、鎧姿の少女の声の主を庇うように、ファスへと武器を向けた。

「…ファリエル様?」

誰のことだ、と考え、はああ、と納得したように呆然としているのか、立ち尽くしている鎧姿の少女の声の主を見て頷いた。

「しかしご挨拶だな。そのように血気盛んでは悪魔の若造どもと大して変わらんぞ。」
「黙りなさい!私を侮辱するつもりかっ!」
「侮辱?私は事実を述べただけだが…そうか、そういえば天使はそういうものだったか。しかしいくら天使が悪魔を嫌っているとは言え不意打ちに攻撃してくるのは褒められたことではないぞ。」
「悪魔の貴様が何を抜け抜けと…!」
「こういう事態に天使も悪魔も関係ないだろう…と聞いたが、やはり関係あるものなのか?」

後半は呆然と天使ととの会話を聞いていた鎧姿の少女の声の主…こと、ファリエルというらしい人物に尋ねるように視線を向ける。
その視線と言葉で我に返ったのか、ファリエルは慌てたように天使の腕に触れた。

『ま、待ってフレイズ!違うの、この人は私を助けてくれただけなの!』
「ファリエル様!?」

ファリエルはこの天使…フレイズの主なのだろうか、どうやら上下関係があるらしいその様子にはそんなことを考える。
が、それもすぐにどうでもいいことだな、と思い至り、は口を開いた。

「そういえば質問の途中だった。」
『あ、はい。えっと、なんでしょう?』
「ファリエル様!?」
『もう!フレイズは黙ってて!』

主らしいファリエルに叱咤され、フレイズは言葉に詰まった後にギッとを睨みつける。
主に気付かれないように、という辺り妙に狡猾である。
もっとも、天使の睨み程度でどうにかなるでもない。
フレイズを気にすることなく、はファリエルへと再度口を開いた。

「ここはリィンバウムというのはわかるのだが、どの辺りか知っていたら教えてもらえないか?」
『え?えっと…、帝国領の領域の島です。そういえば、貴方はどこからこの島へ?』

怪訝そうなファリエルに、はふむ、と一拍置いて答える。

「今は聖王都のゼラムから…古い知人に不意打ちで術式を発動されて、気付いたらそこの…」

言って、は先程自分が歩いてきた道を指差し、

「方角にある森の中に飛ばされていた。」
『えっと…ということは、召喚されてこの島へ来たのではない、ということですか?』
「そうだな、今の私の召喚主はゼラムに居る。飛ばされた時は別行動をしていたから、こちらに飛ばされているということはないはずだ。」

はずだ、と言いつつも、は心の中で続けた。
あの龍姫がマグナを巻き込もうとしていなければ、と。
そこまで考えると、何故メイメイが自分をこの帝国領の島へと飛ばしたのかがわからない。

「律…か。」
『え?』
「いや…、そうだ、メイメイという変わり者について何か知っていることはあるか?」
『メイメイさんですか?えっと、もしかしてこの島に飛ばした、とか言う人が、』

どこかおずおずと尋ねてくるファリエルに、は肩をすくめることで答えた。

「アレも道楽好きだが、意味なくここまで距離を飛ばすことはせんだろう。よって、本人に聞いたほうが早いと思ってな。…?どうした、固まって。」

ファリエルだけでなく、不満げにを睨んでいたフレイズまでも、何か驚いたような表情でファスを見ていた。
が声を掛けると、ハッとしたように二人は顔を見合わせ、何やらこそこそと会話をしているようだった。

「ファリエル様…、」
『やっぱりフレイズもそう思う?…、…』

時折ファスに視線を寄越しながら会話していた二人は、どうやら話がまとまったらしく改めてに向き直る。

「貴方がファリエル様に危害を加えようとしていたのではないということは理解しました。先ほどは私の早とちりだったというわけですね、すみません。」
「気にすることはない。私には怪我はないし、そちらにもない。ならば問題はないだろう。」

そう答えたに、フレイズは驚いたように目を瞬いた。
彼の常識からすれば、悪魔はこんなことは言わないものだ。
もし言ったとしても、なにかしら裏がある。
しかし不思議なことに、フレイズはからそういう「悪魔らしさ」を見つけることは出来なかった。

『えっと…メイメイさんのお店の場所まで案内しますから、ついてきて下さい。』
「アレはこの島にも居るのか…相変わらず神出鬼没だな…。」

ファリエルの申し出に頷いて、は小さく呟いた。
自分が居るのならばわざわざ私を呼ばなくとも良いものを…、なんて考えていたかどうかはわからない。

『あ、それから、ですね。』
「?」
『私がこの鎧を着ている時は、ファルゼン、と呼んで下さい。』

どこか声に篭った憂いに気付いたのか、は怪訝そうにしながらも了承を返したのだった。

『そういえば、自己紹介がまだでしたっけ。改めて、えっと、私はファリエル…この姿のときはファルゼン、それでこっちはフレイズです。貴方は?』
、と呼ばれている。見ての通り、サプレスの悪魔だ。」
『私、悪魔ってもっとこう…怖い人かと思ってたんですけど、そうじゃないんですね。』
「ファリエル様!彼は確かに違うようですが、普通の悪魔はもっと危険なんです!そう易々と信じないで下さい!」
『もう、フレイズったらそればっかり。』
「いや、天使の言うことは正しい。どうも私は悪魔としては変わっている…と周りからよく言われる。」

僅かに首をかしげ、それでもあまり表情の動かないの姿に、ファリエル、ことファルゼンとフレイズは互いに顔を見合わせた。

「どうも、貴方と話していると調子が狂いますね…気配も力も悪魔のものであるというのに。」
は小さいからじゃないんですか?』

ファルゼンの言葉に、フレイズは怪訝そうな表情を浮かべ、そうしていえ、と首を振った。

「先ほど彼は召喚主はゼラムに、と言っていましたし、その姿は本来のものではないのだと思います。」
『あ、そっか。そういえば、そういうこともあるんでしたね。』

ぽん、と鎧姿に不似合いな動きで手を叩くと、ファルゼンは納得したように頷いた。
彼ら二人の思っているように、この姿は本来のものではない。
しかし、彼らが思っているだろう「誓約の縛り」で、この姿をしているわけではないのだが。
マグナと共に過ごす為には本来の姿で居るよりはこちらの子供の姿の方が、周囲からのマグナへの視線が少ないことからこの姿をしているだけである。省エネでもあるし。
まぁそんなことを言ってしまえば、天使らしい天使のこのフレイズは騒ぎ出すだろうから、ここは別に口を挟まなくとも良いだろう、嘘を言っているわけでもないのだし、なんては考えて口をつぐんだのだった。










途中、狭間の領域、というらしいサプレスの気配、否、サプレスの風景そのままの場所へ着いた所で、疲労していたファルゼンとは別れ、はフレイズと共にメイメイの店へと向かっていた。
出会い頭のあの警戒はなりをひそめていることから、多少はこちらの話を信じてみることにした、といったところだろうか。
時折交わされる会話も、天使と悪魔の会話、というものよりは新しく知り合った知人同士の会話のようなものだった。

「あちらがメイメイさんのお店です。」
「そうか…すまない、世話になったな。」
「いえ。…、貴方は…この島へ害をもたらすことはない、のですね?」

確認のように尋ねられた言葉に、は少し考えるようにして、口を開いた。

「私から特に何かをするつもりはない。まあ、そちらから何かされた場合は別だが…。何故ここへ来たのかはわからんが、アレの頼みだったのだから悪いことではないだろう。」
「そうですか…わかりました。メイメイさんの知り合いのようですし、貴方から何かしない限りはこちらも手を出さないと言っておきます。それでは。」

そう言って、フレイズは白い翼を羽ばたかせ、狭間の領域の方角へと飛び去っていった。
それを見送って、は見覚えのある建物の扉を開く。

「いらっしゃいま〜せぇ〜〜ぇ?」

入ってきたの姿を認めたのか、語尾は怪訝そうな色を宿していた。
そうして一瞬後にはぽかん、とした表情を浮かべ、を見つめるメイメイ。
そんなメイメイに、は若干据わり気味な目で口を開いた。

「…それで、私をここへ飛ばしたのは一体どういう用件だ?」
「ふぇ?え?え?あなた、?ちょ、なんでそんな小さくなって…」
「?何を言っている龍姫、お前と再会した時から私はずっとこの姿だ、が…………待て。」

普通に言葉を返し、はふ、とよぎった予測に珍しくも顔を引きつらせた。
メイメイはメイメイで、久しぶりに再会した旧友の姿に驚いた後、首を傾げる。

そんな二人を見計らったかのように、ぽむ、なんて軽い音と共に二人の丁度中間に紙が出現し、ひらりひらりと落ちてきて、それはメイメイの手におさまった。
それとなくメイメイは紙へと視線を走らせ、驚いたように目を見開き、そうして、叫んだ。

「にゃ、にゃんですってぇ〜〜〜!?」
「どうした?」
「あたしも無茶するものだわ…、いいえ、。確かに貴方ほどの適任は、居ないでしょうね。」
「…ということは、やはりここは過去か。」
「ありゃ?気付いてたの?」
「お前の反応を見ていれば自ずとわかる。…で、何をどう律を曲げれば私は戻れるんだ?」
「にゃははは、さっすが、話が早いわぁ。」

楽しそうにメイメイは笑い、次には真面目な表情を浮かべる。

「星が、よくない道を見せようとしているのはあたしにもわかっていることなんだけど…こうして未来のあたしが貴方をここへ飛ばしたってことは、その道を…変えたい、のかもしれない。」
「あいまいな表現だな。」
「あたしだって急なことでびっくりしてるんだから大目に見てよ〜。本当なら手なんて出せないけど、貴方が来てくれたから、きっと触れない程度に曲げていくことは出来る、と思うわ。協力してくれる?」
「…どの道、それを成さねば私は戻れないのだろう?ならば答えなど決まっている。」

の答えに、メイメイは嬉しそうに微笑んだ。

「オッケェイ、じゃあ、この島の皆にはあたしから貴方のことを話しておくわ。警戒しなくても大丈夫って。」
「ここへ来るまでに天使に警戒されたがな。」
「ちょっ、何問題起こしてるの貴方、」
「こちらから何かしない限りは何もしない、という話でまとまったから問題はないだろう。」
「それならいいけど。まあ、貴方も割と事なかれ主義だものね、そのへんは大丈夫でしょ。」









結果として。
はメイメイの古い友人(友悪魔?)で、メイメイの転移術式に巻き込まれてこの島へやってきた居候、という立場になった、ようだ。
悪魔ということで警戒されるかと思われたが、メイメイのとばっちり、とかいう部分でなんだか同情のような視線を感じることの方が多く、は今更ながら旧知であるメイメイについての、どの時代でも変わらない認識を理解した。

まぁ無用な面倒ごとが起こらないのは良いことだ。

はそう考えて、それ以上考えないことにした。











というわけで、SN2本編終了後設定の悪魔主がSN3に飛ばされてみました。
まさか初遭遇がファリエルになるとは書いてる私が一番驚いた\(^o^)/
メイメイさんが原作よりもはっちゃけた性格になっているのは仕様です。はい。