《 少女と悪魔 》



昨夜感じた波動は、確か砂浜の方角だった。
そう思い出しながら砂浜へ歩いていたは、同胞の助けを求める声に気付く。

サプレスの同胞は、あのフレイズという天使とファルゼン以外は基本的に狭間の領域から出ていることはないらしいと聞いたのだがどうしたのだろうか。

怪訝に思いながらも、気付いた以上捨て置くことも出来ず、はその助けを求める声の元へと足を速めた。

「…子供?」

幼い天使の子供に守られるように、人間の子供が一人、怯えた様子ではぐれゼリー達と対峙していた。
この島にはニンゲンは居ないと聞いていたのだが…あの波動と何か関係があるのだろうか?
そんなことを考えている間に、膠着状態に痺れを切らせたのか、一匹のゼリーが天使の子供に飛び掛った。

「…ちっ」

面倒ごとに首を突っ込むのは、マグナ達だけで十分だというのに…!

は舌打ちすると片手を振り、いくつかの氷の塊をゼリー達の前へ突き刺した。

「えっ!?」
「キユピー!」

驚いたような子供の声に、こちらに気付いたのか喜びの色の混じる天使の子供の声。
新たな存在の出現にゼリー達は二人の子供からこちらへと注意を変える。

「お前達、飢えているわけではないのだろう?ならば今は手を引くがいい。」

の言葉に、ゼリー達はしばらく考えるようにうごめいた後、脱兎の如く走り去っていった。
それを見送って、少女はへたり込むように砂浜に腰を下ろす。

「キユピー!」
「やれやれ…天使が悪魔に助けを求めてどうする?」

嬉しそうにの周りを飛ぶ天使の子供に、は小さく息をつき、諦めたように軽く頭を撫でてやった。
それをぼう、と見ていた少女は、ハッとしたように立ち上がる。

「あっあのっ!助けてくれて、ありがとう…っ」
「丁度近くを通りかかったら、この天使の声が聞こえただけだ。…そうだ、どうやってこの島へ?」
「え?えっと…船が海賊に襲われて、それで、嵐が…海に投げ出された後は…気付いたらここに……。」

に説明していくうちに自分の境遇を思い出したのか、少女は顔色を青くして泣き出しそうな表情になる。
天使の子供は心配そうに少女の周りを飛んでいるし、はさて、どうしたものか、と息をついた。
…この島へ来てからというもの、ため息が多くなった気がする。

「ともあれ、ここでこうしていても仕方あるまい。他にも浜辺に流れ着いた者が居るやもしれんし、まずは行動してみたらどうだ?」
「他にも……、そ、そうですよね!兄様達もきっと…っ」
「昨夜のことは私も気になることがある。護衛代わりに付き合おう。」

あの波動、何故か知っている気配を感じた。
の申し出に少女はほっとしたように笑みを見せる。

「はいっお願いします…。えっと、私、アリーゼって言います。」
「私は、と呼ばれている。見ての通り悪魔だ。」
「え?悪魔さん…なんですか?」

きょとん、とアリーゼがを見つめる。
やはり自分は悪魔らしくないのだろうか、なんては思いながら歩き出した。

「どうも私は悪魔の中でも変わっているらしくてな。お陰でこうして、」

なんだか嬉しそうにふわふわ浮いている天使の子供を示す。

「天使の子供にも懐かれる。私が変わっているのではなく、こいつらが変わっているのだと思うのだがな。」

悪魔に懐く天使の子供など、そうそう居るものではない。
居るものではない、はずなのだが。
何故か天使の知り合いも多いな、とふと記憶を探った結果には小さく頭を振った。

「…ん?あれは…船、か?」
「え?…あ!あれは…!」

遠目に見える、ところどころ壊れた跡があるものは、船のようだった。
船を視界に捕らえたアリーゼが知っている船ということは、乗ってきた船か、あるいは海賊船かのどちらかだろう。
中の人間まで無事かどうかは知らないが、ともあれ、これを直せばこの子供も帰れるだろう。

「…ん?」
さん?」

近づいていくにつれ、何やら戦いの気配が感じられ、は眉をひそめた。
アリーゼはまだ気付いていないのか、怪訝そうにを見る。

「…どうも、ニンゲンと召喚獣が戦っているようだな…これは、…先ほどのゼリーも混じっているようだ。」
「えっ!?そ、そんな、ど、どうしましょう…!?」

やはり先ほど全て倒してしまえば良かったか。
まぁ今更考えたところで後の祭りというものだ。今はアレをどうするかが問題だが…。
考え、ちらり、とは焦ったように戦いを見ているアリーゼを見る。
と、アリーゼの目が大きく見開かれた。

「え、うそっ!?」
「どうした?」
「戦ってる人…私達の家庭教師の人なんです…!ど、どうしよう…、!さん、力を貸してくれませんか!?」

ハッと思い至ったように、アリーゼはを見た。
は頭の中でアリーゼの分類を、クレスメント兄妹タイプ、とハッキリ分類した。
まぁ自分で突っ込まない分だけ、まだアリーゼのほうがマシだろう。
お人よしなことには変わりないが。

「仕方あるまい。お前は…、」

言いかけ、同じように戦いを見ている存在に気付き、はそちらを指差した。

「あの者達と共に居れば安全であろう。天使よ、守れるな?」
「キユピー!」

頷いた天使の子供を確認すると、はアリーゼに守りの術を掛けてから戦いへと乱入することにした。

魔力を練り、人間達を守るように、氷の剣を何本も砂浜へと突き刺す。
疲労していた金髪の少女が驚いたように剣を見、それからファスを確認して目が大きく見開かれた。

「えっ!?だ、だれっ!?」
「通りすがりだ。…アリーゼ、という者の家庭教師はどれだ?」

アリーゼ、の名前で、よく似た色合いの赤髪の男女二人が勢いよく振り返った。

「アリーゼちゃん!?」
「お、俺達だ!っていうか君、一体…」
「しばらく前からこの島に居る通りすがりの悪魔だ。…しかし戦いながらというのも邪魔だな。」

言って、はつい、と片手を上げて。

「お前達、先ほども言ったと思うが飢えているわけでもないのに無闇に面倒を起こすな。」

氷の眼差しで、ゼリー達を見据えた。
しかし今度はゼリー達も退かない様子を見せる。
それを見て、は小さく息をつき。

「霊界へ還り、相手が悪かったと思うのだな。」

その手に宿った魔力を放とうとした、ところで。

「ま、待って(くれ)!」

二人分の声が掛かり、は家庭教師らしい二人を見る。

「…なんだ?」
「な、なにも殺さなくても…!」
「そ、そうです!話せばわかってくれるかも…っきゃあっ!?」

の攻撃の手が止まったところで、家庭教師の女の方にゼリーが飛び掛る。
と、がゼリーを攻撃するより先に、辺りに光が溢れた。

(…この気配…!)

見知った気配のように感じた。
けれど、どこか違う?
同じだと感じているのに、何故か違うとも感じる。

光が晴れた後には、白く変貌した家庭教師の姿があった。

…ニンゲンの力では、ない?

それとも、どこかに異界の血を継いだのだろうか。
いや、先ほどまでは普通の人間だったはずだ。
見知った気配を感じてから、あの姿になったように見える。

「…なんだあれは…。」

似たものは知っている。
アレに似たものなのか、アレが似たものなのか。

白く変貌したその姿は、ニンゲンの枠を超えようとした姿に思えた。










まさしく面倒ごとになるだろうことが、見ただけでわかるような白い変貌だった。
ゼリー達が去った後、呆然とする人間達にため息をつき、は岩陰で見ていたアリーゼへと近づいた。

「怪我はないか?」
「…あ、は、はいっ大丈夫です。さん、ありがとうございます…っ!」
「さて、私が手を出さずとも問題はなかったようだが、な。」

肩をすくめて見やるのは、何やら召喚師風の男に詰め寄られる二人の男女の姿。

「でも…さんが居てくれたから、私、前を向けたんです。あの時さんが助けてくれなかったら、兄様達とは再会出来なかったかもしれないし。」

真剣な瞳は、がよく見知った人間がするものとよく似ていた。
だからか、は小さく、笑みを浮かべる。
それを見たアリーゼが目を瞬かせ、頬を薔薇色に染めたことには気付かないのか、軽く、アリーゼの頭を撫でて、家庭教師という二人へと踵を返した。

「あっ!君…」
「アリーゼならば、あちらで子供達と共に居る。」
「本当だ…良かった…。君が守ってくれたのかい?」
「アリーゼの連れている天使の子供の声が聞こえたのでな。先ほど会うまではあの子供が守っていたのだろう。」
「そっか…本当にありがとう。アリーゼだけが見つからなくて、皆で探してたんだ。」

ほにゃ、としたように微笑む赤髪の二人は、の召喚主とその妹によく似ていた。
極度のお人好し。かつ、トラブルメーカー。
あのクレスメント兄妹の形容詞は、そのままこの赤髪の二人に適用出来そうである。











ファリエルに引き続き、アリーゼと遭遇です。
ハサハといいファリエルといいアリーゼといい、私は夢主が大人しい子と喋るのが好きなんだろうか…。
見知った気配云々は考えてますが、似たものを知っている、に関しては実は書いてた時期の記憶があいまいでちょっと思い出せてません\(^o^)/
なので続きは思い出したらになりそうです。もしくは削るかも。