<節分の日>









「士郎、何を作っているのですか?」

居間を通りかかったのだろう、ライダーが不思議そうに士郎に問いかけた。

「ん?今日は節分だからさ、太巻きを作ってるんだ。」
「フトマキ…ですか?」
「そう。毎年恵方を向いてこれを食べると、その年は健康で居られるっていう…まあ、おまじないみたいなものかな?」

首を傾げて言う士郎に、ライダーはそうですか、と納得したように頷いた。

「中々に興味深いですね。」
「はは、ライダー達からすればそうかもしれないね。」
「ええ。」

こくりと頷いて、ライダーはふと思い出したように続ける。

「そういえば、セイバーが豆を大量に食べていたようですが、それもセツブンというものなのですか?」
「え?」

思いもよらないライダーの言葉に、士郎の思考回路が一時停止する。

「セイバーが?どこで??」
「先程庭で見かけましたが…縁側に座っていつもの如くこくこく頷きながら食べていましたよ?」

ライダーの言葉の通りの映像を想像するのは非常に簡単だ。
というか、物凄く想像がつく。
だが、一体誰が彼女に節分のことを教えたというのだろう?
訝しく思いながら、士郎は太巻き作りを一時中断してライダーに教えてくれてありがとうと告げてから縁側に向かった。

「?どうした、衛宮士郎。」

焦ったような表情をしていたためか、丁度玄関からやってきたアーチャーが何かあったのかと士郎に問いかける。
士郎は足を止めることなく答える。

「いや、それが、ライダーがセイバーが大量に豆を食べてるって教えてくれたんだけど…。まさか、アンタじゃないよな、セイバーに教えたの。」

事情を話しながらふと思いついたことを訊ねてみれば、アーチャーは心外だとでも言わんばかりに肩を竦めて、行く先に気付いたのかついてくる。

「そんなわけなかろう。そもそも、私が彼女に教えるならばもう少し細かいところまで説明している。」
「…だよなあ。」

はあ、と二人でため息。
そうこうしているうちに、セイバーを見かけたという縁側が見えてきた。
そこには。
こくこくもぐもぐと頷きながら物凄いスピードで、けれども決して乱雑でない動きでひたすらに豆を食べ続ける騎士王と、困りきってただ半ば呆れたように彼女を見やる青い槍兵が居た。

「…お前か、ランサー。」
「…ああ、多分俺だ。」

アーチャーの低い声に、ランサーはもう諦めきった声音で答えた。
きっとランサー的にもここまでのものとは思わなかったのだろう。
ふ、とランサーは哀愁を背負って口を開く。

「節分とはなんですか?って聞かれたからよ、豆をまいて豆を食べる行事だって教えてやっただけなのに…まさかこんなことになるとはな…。」
「この…たわけが…少しは予想してしかるべきであろうに…。」

アーチャーのツッコミもいまいち切れがない。
なんだかんだ言っても、ランサーに罪はない。彼はこう見えて、ただ親切に自分の知っている情報で彼女に教えてやっただけなのだから。
そしてまた、買っておいた豆を消費しまくっている彼女にも罪はない。
ああ、また貯金下ろしてこないとな…。
士郎の背中が煤けて見えた。

「セイバー。」
「ふぁい?」

もぐもぐ、ごっくん。
セイバーは口の中の豆を完全に飲み込んでから、ふう、と息をついて士郎に向き直った。

「はい、なんでしょう、シロウ。」
「なんでそんなに豆食べてるんだ?」

士郎の問いに、セイバーはにこりと笑って答える。

「ランサーから聞きました。今日は節分といって、いくらでも豆を食べて良い日なのでしょう?」

にこにこにっこり。
騎士王様、物凄い自分に都合の良すぎる解釈をしていらっしゃる。
アーチャーがふらりと身体を傾げた。
アーチャーの知っているセイバー、すなわちアーチャーが昔共に戦ったセイバーはここまで食い意地が張っていなかったらしいから、その反応も頷ける。
…というか、いっそ同情さえ禁じえない。

「うわっ!アーチャー!しっかりしろ!」
「セイバーが…セイバーが…たすけて遠坂…。」

ランサーに支えられながら、アーチャーは何処か遠くを見つめてぶつぶつと呟いた。
現実逃避も、今日ばかりは許されるだろう。

「セイバー、その、な?今日は確かに豆を食べる日で合ってるんだが…。」

士郎は頭をかきながら、彼女に告げた。

「食べる数は、自分の年齢分なんだ…。」

瞬間、セイバーは動きを止めた。
が、すぐさま慌てたように口を開く。

「い、いえっその!私が生まれたのは今から遥か以前ですし!ですから、何の問題もありません!ええ、そうです、決して私が大食らいなどというわけではっ!」
「…その論理でいくと、俺もかなりの量を食べなきゃいけないことになるんだけどな…。」

セイバーの言葉に、ランサーがうんざりと呟く。
そういえば、この二人、何気に時代が近かった気がする。

「それに、その論理だとキャスターやライダーなど、どれだけ食べるというのだ…。」

いつの間にか立ち直ったらしいアーチャーが、額に手を当てながらランサーの言葉に続く。
二人の言葉を受けて、セイバーはあうあうとしばらく口を開いたり閉じたりしていたが、不意に俯いた。

「セイバー?」
「…皆して私を苛めて楽しいのですか…それならば私にも考えがあります…。」

なんだか不穏な雰囲気に、3人は身体を強張らせた。
嫌な予感がする。
セイバーはキッと顔を上げた。
方々から言われたせいか、ちょっと涙目だ。

「約束された―――」

不意に、真名が叫ばれた。

「なっ!ちょっと待てセイバー!?」
「ありゃ完全に頭に血ィ上ってるぞ!」
「いかん…!投影開始…!」

三者三様の反応を見せる男達を前に、セイバーは無情にもその両手を振り下ろした。

「―――勝利の剣!!!」

こうして。
赤いあくまの帰宅までの間に、衛宮邸は崩壊のち復元という出来事を乗り越えたのだった。

帰宅後の赤いあくまは、その惨状を前にしてうんざりと言い放った。

―――セイバーに大食いって、禁句にするしかないわね。

それが、衛宮邸に集う者達の常識になるのは遠くない話だった。





というわけで、節分ネタです。
セイバー、こんなにアレじゃないとわかってますけど(笑)、一度はやっておきたい大食いネタ。
(2006/02/03)