引き合わされての第一印象は、遠くを見ている目だと、思った。









そして始まる日常という名の非日常






カツ、

扉の向こうから聞こえた足音に、意識が覚醒する。
目を開ければ、白い、いつもの部屋。
白ばかりが目につくこの部屋で唯一の違う色といえば、自分の黒髪と観葉植物の緑くらいだろう。
扉の奥から気配が近付いてくる。
寝起きのせいで気だるい身体をベッドから起こし、けれど立ち上がることはせずにベッドに腰掛ける。
どうせ入ってくるのだ、自分がどうしたところで何が変わるわけでもない。

「アル、入るぞ。」
「ドウゾ。」

低い男の声。
ルピナスという、変わった男の声だ。
彼が此処に来るなんて珍しい。

(まぁ、元々此処には人なんて滅多に来ないけれど。)

扉の開く音がして、予想した通りの人物が姿を現す。
紫を帯びた黒髪に、漆黒の瞳の男だ。
何度見ても、イマイチ年齢が判らない。
おそらく20〜30代であろうとは、見当がつくのだが。

「…?」

彼の後に付いて、初めて見る男が入ってくる。
長い銀色の髪をゆるく三つ編みした、長身の男だ。
訝しげにその男を見る自分の目と、その男の蒼の目が合う。

―――何処か、遠くを見ている目だ。

「アル、紹介しよう。」
「紹介…?なんで。」

ルピナスの言葉に、思わず声を上げる。
だって、俺に紹介するなんて、どういうつもりなんだろう。

「アル、彼はアイリスの後任だ。」
「っ…」

その名前を聞いた途端、びく、と肩が震えた。
それを悟られないように、言葉を紡ぐ。

「あァ、じゃあその人が俺の保護観察人ってコト。」
「そういうことになる。私はまだ仕事が残っているので戻るが…フェンネル君はどうする?」

フェンネル、と呼ばれた男はルピナスの方を見て、それから考えるように声を出す。

「えーと、とりあえずそっちの子と自己紹介でもした方が良いんですかね。」
「まぁ、それは君に任せるよ。これから君にはこの子のことを任せることになるから…。」
「じゃあ、ちょっと残ります。」
「わかった。アル、彼に危害を加えてはいけないよ?」

さほど心配していなさそうな声でルピナスは告げて部屋を去って行った。
残されたこの白い部屋には、自分と目の前の男―――フェンネルのみ。

興味深そうに辺りを見渡すフェンネルに小さく息を吐いて、椅子を勧めた。
フェンネルが椅子に座ったのを見てから、口を開く。

「聞きたいんだけど、アンタ」
「ちょっと待った。」
「?」

言葉をさえぎられて、フェンネルを見る。

「話すより何より、自己紹介しようぜ。お互いアンタ呼びとかはちょっとアレだろ。」
「…。」

変わっている、と思う。
まるであの人のようなことを言う人物だ。

「…書類上で名前を知って居ても、直接聞かなければ意味がない、と?」
「お、良い事言うなぁ。」
「…アイリスが言ってた、から。」
「アイリス?」

フェンネルが首を傾げる。
それからすぐにああ、と声を上げた。

「俺の先任の人の事か。なんで辞めたのかは知らないけど。」
「…死んだんだ。」
「そう、なのか…。」

俺の言葉に、フェンネルはどう答えたものかと困ったように眉を寄せる。

「悪い、辛いこと聞いたな。」
「…別に。」

知らないなんて、思わなかったから。
でも、きっとこのフェンネルと言う男は"外"の人間なのだろう。
そうでなければ、俺の事をこんな風に普通に見てくる人間なんか居るはずがないんだから。

「改めて。俺はフェンネル・クロークスだ。お前は?」
「…アルファ。」
「アルファ、ね。アルファって呼んだ方が良いか?それともルピナスさんみたくアル?」
「…アルの方が良い。アルファと呼ばれると、嫌な奴を思い出す。」

言葉に出したら、あの冷たい硬質な声が脳裏に蘇ってきた。
それを飛ばすように、僅かに頭を振る。

「んじゃ、アルで。俺のことはフェンネルでもフェンでも好きなように呼んで良いぞ。」

にっこりとフェンネルは笑った。
これだけこちらが無愛想なのに、気にした様子もない。

「アンタ、"外"の人間だろ。」
「外…?あー、そうだな、そういう表現になるのか。古い知人からこの仕事を回されてね。」
「だったら警告しておいてやる。余計なことは調べない方が良い。」

俺の言葉に、フェンネルはきょとんとこちらを見ている。
何故?とでも問いたげに。

「自分の身が可愛いならな。」
「…それ、どういう意味だ?」

フェンネルの訝しげな声に、剣呑な光が宿る。
予想を打ち立てて、それを確認するかのような。

「死にたくなければ、余計なことに首を突っ込まないことだ。そうでなければ、アイリスの時のように…」

―――俺が、殺さなければならない。

「…アイリス、さんは、殺された、って言いたいのか?」

慎重に聞いてくる彼が妙に滑稽だった。
何も知らないからこそ、痛いところを突いてくる。
予想出来ているんだから、聞かなくても良いじゃないか。







「―――俺が、殺したんだ。」