俺は無言で、そいつを見た。 「ん…。」 僅かにうめいて、そいつは寝返りを打った。 それに伴って、肩より長めの黒髪がさらりと流れる。 ―――つまるところ、俺は少女を拾ったのだ。 Story by which you touched - 目覚めれば異世界 - 思い出してみよう。 特別、天気が悪いとか良いとかいう日ではなかった。 いつものように配達を終えて、ちょっと休憩しようと自宅の玄関に足を向けたところ。 玄関の前に一人の少女がいたのだ。 いた、という言い方はおかしい。 正しくは、倒れていた。 俺は驚いて、慌てて抱き上げると、どうやら意識を失っているようだった。 額に手をあてて、熱がないのを確認すると、どうしたものかと考えた。 仕事はまだある。 しかし、こんな玄関先で倒れていた少女を無視しておくわけにもいかない。 見たことのない顔だが、もしかしたら両親か誰かの知り合いなのかもしれないし。 そう考えて、俺は自宅にその少女を入れた。 全く目覚める気配がないので、仕方なく布団に寝かせる。 その後仕事を早めに終わらせて、少女の寝ている部屋へ様子を見に来た。 そうして、冒頭へと移るわけだ。 「…ぅ…。」 少女は眉をひそめた。 どうやらお目覚めらしい。 「…あ、れ…?」 ぼんやりとした声。 「目が覚めたか?」 俺がそう声を掛けると、その少女はぼんやりした目でこちらを見た。 「お兄…ちゃん…?」 ぼーっとしながら声を掛けて、あれ?と思う。 自分の部屋ではない。 そもそもあたしは布団じゃなくてベッドだし…6歳年上の兄だってベッドだったはずだ。 随分年の離れた兄妹だとは自分でも思う…―――って、そうじゃなくて。 ということは、目の前のこの人は兄じゃない? 目をごしごしとこすって、その人をよく見る。 「…え、と…。」 整った顔立ちのお兄さんだった。 どこかで見たことあるような。 どこかで聞いた事のあるような声の。 まさかそんな、バカなこと。 だってさっきの侑子さんは夢だったんだよね? そりゃあちょっとというかかなりアレな夢だったけど、夢、だったんだよね? だから、あたしは目が覚めたんだよね…? 目の前のことを認めたくなくて黙り込むあたしに、その彼はどうしてここに寝ていたのかと思っているんだろうと見当をつけたのか、口を開いた。 「アンタ、俺の家の玄関の前に倒れてたんだよ。目が覚める気配なかったから寝かせておいたんだ。」 「え、あ、えーと…すいません。」 とりあえず謝る。 なんだか迷惑を掛けたようだ。 玄関先…玄関先…。 不安はあるが、でもまだこの目の前の彼があの人―――ツバサで出てくる浅黄笙悟だなんて決まったわけではない。 似てるけど。 とんでもなく似てるけど。 信じたくないくらい、姿も、声も、ましてやちょっとお人好しそうなその性格も、あたしの知っているその人にそっくりだけれど。 「えと、あたし、って言います。あの、あなたは…?」 「俺か?俺は浅黄笙悟だ。」 そう言って、その人はにっこりと笑った。 …決定的、だ。 顔を見てからも、声を聞いてからも、そう思っていたけれど。 どうやらここは、本当に、あのツバサの世界らしい。 「は病気か何かなのか?」 「え?や、違いますけど。」 「そうか…じゃあ、なんだって俺の家の前に倒れてたんだ?」 どう説明したものか。 ていうかいきなりこの世界に放り出されても困る。 確かに「おおっ行ってみたいー!」とか思ったりもした世界だけどさ…。 (侑子さぁん…。) 心の中で助けと恨みをぶつけながら、息をつく。 「あたしにも、よく…。そもそも、此処が何処だかもわからないんだけど…。」 「アンタ、もしかして外国の人か?」 「いや、あたしが外国人に見えますか?」 あたしの返答に、笙悟は頭を捻った。 「どうやって俺の家まで来たんだ?ウチの両親の知り合いとかでは…」 「知り合いじゃ、ないと思うけど…。」 うーん、どうしたものか。 そもそも、どうしてあたしは侑子さんと話すことになったんだっけ? ええと…。 確か、自分の部屋で本、というかツバサを今まさに読もうとしてて本を開いて。 気付いたら真っ白い場所に居て侑子さんが何故か居てあたしが侑子さんを呼んだとか言われて。 で…侑子さんに穴に落とされて意識を飛ばして…。 そこまで思い出して、なんだかとんでもないことになっているなあ、なんてちょっとばかし遠目になったりしてみる。 何も解決しないどころか、笙悟からは怪訝な視線を注がれたけど。 「あたしにもよくわかんないんだけど…自分の部屋に居て、不意に意識がぶっ飛んじゃって、気付いたら真っ白い空間に居て侑子さんに会って穴に落とされて…で、目が覚めたら此処だったんですよ。本を読んでて眠っちゃったのかなーとか思ったんだけど…目が覚めたらあたしの知らない場所だし…。」 「侑子さんってのは?」 「えーと、次元の魔女、とか呼ばれてる人らしいです。願い事に見合う代償を渡すと願いを叶えてくれるっていう人…でもあたし、願った記憶も代償を渡した記憶もないし…。」 ああでも、なんだか最後の方で代償は先に貰ったとか言われたような…。 代償って何を代償に? 「魔女、ねえ…。」 「あ、えとっ!あたし、別に頭がおかしいとかいうんじゃないですからね?」 思考の渦に入りそうになったあたしの耳に、笙悟の呟きが入ってきた。 その呟きに、慌てて答える。 少し思案した様子だった笙悟は、あたしの慌てぶりに思わずといった感じで噴き出した。 「しょ、笙悟さん!?」 「っはは、悪い悪い。いや、疑ってる訳じゃねえよ。アンタの…の目を見りゃ、嘘ついてないってのはすぐわかるしな。」 …はうあ。 ややややばいですよー! うっかり恋しちゃいそうなくらいの笑顔ですよ! うーわーとか内心頭を抱えながら苦笑を返すあたしに、笙悟はもう一度悪い、と謝った。 「は、あう、いえっ!」 「それで…ここはは知らない場所なのか?」 「えーと、はい。あたしは生まれも育ちも日本育ちですし。」 「にほん…。」 あたしの言葉に、笙悟はちょっと口ごもった。 …あれ、そういえばここは確か、阪神共和国とかいう"島国"ではなかっただろーか? そうあたしが気付いたのと同時に、笙悟は口を開いた。 「どうやら、本当に別の世界から来たらしいな、アンタは。」 「どういうことですか?」 ごめんなさい本当は知ってるんですけど! でも知らないふりしとかないと色々不味そうですしっ! 内心笙悟に激しく謝りながら、あたしはそ知らぬ顔で聞き返した。 「ここは阪神共和国って名前の島国だ。ニホンなんてのは聞いた事もない。」 「そう…ですか…。」 阪神共和国って名前も伊達じゃないのか。 っていうかこの国って日本から派生したわけじゃないのかー。 そんな、妙なところで納得しているあたしに、笙悟は笑いかけた。 「このまま放り出すのも後味が悪ィ。お前を拾った責任もあることだし、俺が面倒見てやるよ。」 ニ、と笑った笑顔に、そしてその心強い言葉に。 思わず…―――そう、思わず、惚れそうになったのは、秘密である。 というわけで、夢主を拾った(笑)のは、笙悟くんでしたー。 阪神共和国が日本の派生じゃないとかいうのは捏造です。 日本を知ってたら異世界から来たって信じて貰えないと思うので。 時間軸的には小狼達がくる前です。 Back Next |