ふいに。 それは唐突に、違和感となって現れた。 その違和感に思わず首を傾げる。 考え付いた憶測に、彼は慌てて妹の部屋へと駆け込んだ。 妹の大事にしていた漫画の本が、今まさに読まれようとしていたかのように、床に落ちている。 「…?」 半ば呆然と、呼びかけられた声に、答える存在は既に無く。 Story by which you touched - 一難去って、また一難 - 結局、あの笙悟の「面倒見てやる」宣言の後、どうなったかと言うと。 ひとまずお仕事が終わって帰宅してきた笙悟の両親ともお話をして。 突然のことに驚いている笙悟の両親を説得したりして。 なんとか居候をさせてもらえることになったのだ。 「ええっ!?それはさすがに申し訳ないですってば!!」 慌てたあたしの声に笙悟が苦笑する。 「でもな、いつ帰れるかわかんねぇんじゃ仕方ねぇだろ?」 「それは確かにそうですけど…。」 ううむ、と唸るあたしを尻目に、笙悟の両親はにこにこと手を振っていた。 「じゃ、いってくるわ。」 「ええ、夕飯までには帰ってくるのよ?」 そんな、穏やかな家族のやり取りを見て。 あたしはため息をついて諦めたのだった。 「もーーーう、本当に、何から何まですいませんっ」 「気にするなって。」 そう、苦笑を返す笙悟に、あたしはもう一度だけすいません、と答えた。 はぐれないように笙悟の横に並んで歩く。 つまるところ、彼らは居候を許可しただけでなく、その居候の生活用品まで揃えてくれるということなのだ。 そのお人好しぶりには、思わず目を丸くして驚くしかない。 なんていうかもう…、本当に、何から何まで。 自分を拾ってくれたのが本当に彼で良かった。 心底思いながら、きょろ、と辺りを見回す。 同じ空気。同じ背の高い建物たち。 けれども、確かにここは異世界で。自分の居る場所ではなくて。 そんな中で、暖かく受け入れてくれた笙悟達には本当に感謝してもしきれないだろう。 「あんまり余所見してると迷子になるぞ。」 「え、あ、はい。」 答えたあたしに、笙悟はそういえば、と口を開く。 あたしは首をかしげて笙悟を見た。 「それ、癖なのか?」 「へ?何がですか?」 「今時敬語使う奴なんて、珍しいと思ってな。」 「笙悟さん、あたしより年上じゃないですか。」 普通、年上になら敬語使いません?と訊けば、僅かに唸って、それもそうだが、と答え。 「あー、なんだ。俺に敬語使わなくて良いっつーか、使うな。」 命令形ですか。 そう思わずツッコミかけて、これはある意味チャンスなのかも、とか思う。 だって、いつ思わず呼び捨てで呼んでしまうかわからないし。 そう思って、こくりと頷いたあたしの頭を、満足そうに頷いた笙悟がわしゃわしゃと撫でた。 …はう!? 声にならない悲鳴が脳内を走る。 てゆーか、この人ってほんと…! 本当に、無防備な面があるというか、警戒心が足りないというかっ 撫でられていると自覚した瞬間に、あたしの頬に熱が上った。 恥ずかしい、けど、けどですね! これはちょっと… 腐女子には勿体無いくらいの、萌えシチュエーションってもんじゃありませんか!? カーっと頬を赤らめて俯いているあたしを不審に思ったのか、笙悟が身をかがめる。 「?」 「ぅえっ!?あ、な、何?」 「いや、急に黙り込んだからどうしたのかと思ってな。」 「なんでもないなんでもないっ!」 慌てて首を振るあたしに、笙悟は苦笑する。 なんだろなー、笑顔っていうより苦笑って形ばかり見ている気がする。 呆れられてるんだろーか。 「ま、良いけどな。」 その後はごくごくフツーに服を買ってもらったりとかしながら阪神共和国を満喫していたのです。 そう、その時までは。 「あーーーーっ!!」 キンキン高い少女の声。 その声に、あたしの横に居た笙悟はしまったとばかりに顔を歪めて振り返り、それに疑問を持ったあたしは彼と同じように後ろを振り返り…納得した。 (あちゃー、プリメーラちゃんに見つかっちゃったよ…) 確かこの二人は付き合ってるっぽかったような。 付き合っていなくとも、プリメーラは確実に笙悟に好意を抱いている。 それは別に良いのだが、ひとつだけ問題がある。 それは… 「笙悟くんっ!その女はなんなのよー!!」 「よ、よお、プリメーラ。」 「あたしを放っておいて自分はその女とデートな訳!?」 そう。 彼女、プリメーラはかなり思い込みの激しい少女なのだ。 (ああでもかわいいなー、やっぱ生の美少女は最高だわ) 慌てる笙悟をよそに、あたしはそんなことを思いながらぼけーっと二人のやり取りを見ていた。 どうやら完全に勘違いをしているプリメーラに、笙悟が誤解を解こうとしているようだがそれがさらに火に油を注ぐ結果となっているようだ。 「ちょっとアンタ!」 ずいっとこちらを睨むプリメーラ。 不謹慎ながら、その可愛らしい顔に思わず見惚れてしまう。 …まあその、だからといって事態が好転する訳でもないのだが。 「えーと、はい。」 「アンタ、笙悟くんの何な訳?」 「何…と言われても…うーん。ある意味命の恩人?」 「はあ?」 引き攣った笑顔で答えたあたしの言葉に、プリメーラが不機嫌そうに眉をひそめる。 うーん、かといって居候云々とか言ったら余計に怒り出すのは判りきったことだし。 参ったなー、とか考えていたところに、笙悟が口を開いた。 「だから、こいつはそういうんじゃねえって。」 「笙悟くんは黙ってて!」 プリメーラの気迫に、笙悟はう、と唸って口を閉ざす。 恐ろしき女の執念、とでも言うべきか。 いやむしろ、恋する乙女は無敵、とでも言うか。 被害に遭ってるのはその恋されてる方だけれど。 (さて、どうしたものか) ちら、と周囲を見れば、いつの間にやら周囲からは人が消えており、ちょっと離れたところから視線がいくつも。 これだけ注目されているにも関わらず、当の二人はただひたすら口喧嘩中。ちょっとは気付け。 まあ、片やアイドル、片やチームのリーダー。 人の視線には慣れているといったところか。 ちら、とこちらを見た笙悟の目はどうする?と問いかけていて。 あたしもどうしよう、と目で返した。 それに気付いたプリメーラ(恐るべき恋する乙女だわね)はキー!と唸って、叫んだ。 「勝負よっ!!」 「「は?」」 プリメーラの言葉に思わず間抜けな声で返すあたしと笙悟。 えーと、なんだって? 「勝負?」 「そうよっ!どっちが笙悟くんに相応しいか、決めてやろーじゃないっ!!」 「だからプリメーラ、こいつはそんなんじゃねえって何回言えばわかるんだ!?」 「笙悟くんは黙っててって言ったでしょ!これはあたしとその女の勝負なんだから!!」 プリメーラはそう言って、手のひらを空に向けた。 「おいでっマイクダンちゃん!!」 しゅるん、とその声に答えるかのように、彼女の手にはマイク型の巧断。 …そういやこの世界には巧断とかいうものがあったんだっけ? でも、あたしは? 「いくわよー!」 そう意気込むプリメーラに、たらり、と冷や汗が流れる。 だってあたしは。 あたしはまだ。 巧断の夢とか、見てないよ? ようやっとお兄ちゃん登場、でも変換なし。ごめんなさ…っ(土下座) お兄ちゃんが本格的に出てくるのはもうちょっと経たないとダメなので…。 笙悟宅に居候決定ー、そしてピンチなところで終わります。 プリメーラちゃん、レイアースの時より可愛いなーと思うんですが。 それは私が大人になったからなのかなんなのか…。 今回の話の目的は笙悟に対する敬語抜きだったり。 Back Next |