「ちょ、ちょっと待っ…!!」

「問答無用!笙悟くんに相応しいのはこのあたしなんだからーーーー!!!」



どうしろっていうのよ、本当に!

そう、思わず叫びたくなったあたしを責めることは多分、誰にも出来ないと思う。










Story by which you touched - 喚び掛ける声 -










キィン、というマイクの金属音と共に、大きな文字(としか言いようが無い)があたしの方に飛んでくる。

チ、と舌打ちした笙悟が自分の巧断を呼び寄せようとする、その前に。

衝撃に備えて目を瞑ったあたしの脳裏に、声が響いた。



―――喚べ。



それは、身体の奥から響く声。

冷たいような、熱いような、そんな、声。



―――我を喚べ、玉兎の名を冠する者よ。



かぁっと身体が熱くなる。

なんだか聞いた事がない言葉もあったけれど、これは、あたしのだ。

理解とかそういうのではない。

ただ、識っている。

そんな気がする。

意図するより先に、口が動いた。



「お願い、来て!」



ガッ、キィイイイン!!



あたしが叫んだと同時に、それは姿を現してあたしの前に壁を作った。



「な…!?」

「そ、そんなっ!」



笙悟とプリメーラの驚く声が聞こえる。

あたしはただ呆然と、目の前に出来た、氷で出来た壁を見つめていた。



『これで宜しいか、主よ。』



再び頭の中に、声が響く。

すと、とあたしの横にならんだそれに、あたしは目を移した。

こちらを見つめてくる瞳は綺麗な青色。

それこそ、永久凍土の氷を削ったかのような、とても綺麗なアイスブルー。

その姿は大きな狼。

ただ、普通なら柔らかな毛並みに覆われているはずのそれは、綺麗な氷で出来ているようだったけれど。

まるで、そう。

小狼の宿した巧断の炎を、氷にしたような…―――



『主?』



訝しげに再び響いた声があたしを現実に引き戻した。



「あ、えと、うん、ありがとっ」



戻っていいよ、と伝えれば、その氷の狼は礼をするかのように首を下げた。

ふわり、と水色の光となってあたしの身体の中に入る。

妙な感覚になりつつも、呆然とこちらを見ているプリメーラに目を向けた。

どうやら戦意は失ってるみたいだし、大丈夫だろう。



「あたし、別に笙悟の恋人だとかそういうんじゃなくてですね、ただちょっと訳アリでお世話になってるだけなんです!」

「え?そう…なの?」



あたしの言葉に、プリメーラはきょとん、と目を丸くした。

ああ可愛いなあもう。

なんでこの世界はこんなに美人が多いんだろーか。



「って、、お前の巧断特級だったのか!?」

「へ?巧断?特級??」



きょとん、と聞き返したあたしに、笙悟は額に手を当てた。

ちょっと呆れ気味に。

というか、やっぱり今のはあたしの巧断なんだろうか?



(でもあたし、夢なんて見てないよねえ?)



第一、こっちの世界に来る途中にだって何も遭遇してないのに。

そう思ったけれど、よくよく考えてみれば穴に落ちてから笙悟宅で目が覚めるまでの記憶がないから、もしかしたらその間に遭遇してたのかも、とか思って考えるのをやめた。

いつ遭遇してあたしに憑いたのであれ、あの子があたしの巧断であることには変わりないのだから。

…まあ、特級だなんてすごいやつだとは、自分でも驚きだが。



「あー…そっか、お前巧断自体知らねぇのか…。」

「あ、はは…。」



本当は知ってるけど、そんなこと言えないし。

笙悟の言葉に空笑いを返すあたしを見て、プリメーラは再び目を丸くした。



「巧断を知らないって、あなた、記憶喪失か何か?」

「や、記憶喪失ではないんだけど。」



ぱたぱたと手を振って否定する。

さっきとは全く違う彼女の反応に思わず笑みが零れる。



「とりあえず、ここは人目も多いし移動するぞ。」



そう言った笙悟の言葉通り、先程のあたしとプリメーラの戦い(にまでは発展していなかったが)を見ていた野次馬達がざわついていた。

このままではちょっと都合が悪いのは皆一緒だ。

なんせ、アイドルにチームのリーダーに、巧断を知らない怪しい女、の妙な組み合わせなのだから。

笙悟の言葉にあたしとプリメーラは顔を見合わせ、頷いたのだった。
















「異世界ぃ!?」



既に夕方に差し掛かった時間帯だからか、人気のない公園であたしの身の上を聞いたプリメーラは素っ頓狂な声を上げた。

それからまじまじとあたしを見る。



「あたしを担いでるって訳じゃ…なさそうね。」

「こんなことで嘘ついても仕方ないしねー」



ははは、とか遠目で言うあたしに、笙悟は笑い事か、とか言って肩をすくめる。



「とりあえず、帰る手段が見つかるまでは置いてくれるって笙悟の両親が言ってくれてさ。」

「ふーん…まあ、それじゃあ仕方ないわよね。」

「もー、ホント、最初に助けてくれたのが笙悟で良かったって心底思うよー。」

「お前ら仲良いなー…。」



和気藹々と話すあたしとプリメーラを見て、笙悟が呆れたように笑う。



「やだなー笙悟。あたしは全国の美少女の味方だよ?」

「やだってば!もーう、本当にさっきはごめんね?」

「良いって、気にしてないよ。あ、さっきといえば、巧断って結局のところ何なの?」



笙悟とプリメーラに向けて訊ねる。

うーん、一応聞いておかないとうっかりボロを出しそうだし。



「ああ、巧断ってのは、さっきもあの狼みたいなの出しただろ?」

「あー、うん。なんか氷の狼っぽいの。」



あの子の姿を思い出しながら答えたあたしに、笙悟は頷く。

そういえば、なんであの子は小狼の巧断と似たような姿なんだろう。

何か意味があるんだろーか?

でも、小狼達の巧断って、レイアースの魔神じゃなかったっけ?

考え込みそうになったあたしの思考は、笙悟の言葉で現実に引き戻された。



「人によって巧断の形は違うんだ。で、のは特級レベルの巧断らしいな。」

「特級って?」



聞き返したあたしに、今度は笙悟じゃなくてプリメーラが答える。



「えっとね、今はもう廃止されてる呼び方なんだけど。巧断の強さによって段階が決められてて、一番強いのが特級って呼ばれてるの。」

「特級ってそんなすごいモンなの?」



あたしの言葉に、プリメーラはうーん、とか首をかしげる。

…やばいよこの子可愛すぎる!

抱きつきたい衝動に駆られながらも必死に理性で押しとどめる。

落ち着けあたし!ここで抱きついたら全てが水の泡だ!

あああでもプリメーラってば可愛い〜〜〜〜〜!!

内心激しい葛藤をしながらも表情に出さないあたしを訝しむ事なく、プリメーラが口を開く。



「んー、すごいっていうか、強い?使う人にもよるけど。」

「そうだな。そもそも、巧断の強さってのは心の強さに比例するんだ。」

「心の強さ…。」



そういえば、巧断にはそういうものがあったっけ。

なんかこー、派手ですごいイメージしかないから忘れてたけど。

でも、あたしってそんな心強くないと思うんだけどなー…。

ううむ、巧断ってばあたしを買いかぶってる?



「んー、まあいいや!つまり巧断はなんか凄いやつって事ね!」



まとめたあたしの言葉に、笙悟がずっこける。

ありゃ?なんか変な事言った?



「ま、まあ…そういう解釈でも間違ってないしな…。」

「あ!いっけない!ごめんね、笙悟くん、あたしこれから仕事だから帰るね!」



不意に立ち上がってプリメーラはあたし達の方に手を合わせて謝った。



「あ、うん、仕事頑張ってね!」

「ありがと!それじゃまたねー!」



そう言って、プリメーラは元気に帰って行きましたとさ。

まさに彼女は台風か。

ちょっと呆然と彼女を見送ったあたし達は顔を見合わせて笑った。



「んじゃ、帰るとするか。そろそろ夕飯だしな。」

「うん!おなかすいたー!」



沢山歩いたし、なんか戦ったし。

ともあれ、なんとかあたしは異世界でも生活していけそうです。






















そういえば、小狼達っていつ来るんだろう?

まだ来てないことは、確かみたいなんだけど。





















戦ってません、ハイ。
とりあえず夢主にもなんかすごい巧断が使えますよー、みたいな。
でもってプリメーラとも仲良くなってみました。
多分誤解さえなければ良い子だと思うのですよ、彼女は。


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