ゆめを、みていた。 あわのように、ふつり、ふつりときえていくもの。 「何やってんだ、。」 呆れたような笑い混じりの声。 ひどく懐かしい気がして。 ぱぁん、と、泡が弾けた。 Story by which you touched - 対価の代償 - 「あ…?」 呟いて、自分の声で目が覚める。 ああ、やっぱり夢だったんだ…―――そう思って、ごし、と目元を拭った。 時計を見れば、まだ早い時間だった。 何の夢を見ていたんだろうかと思い出そうとする。 なんだか、ふわふわした夢だったような気がする。 「お兄ちゃん…?」 最後に、兄が笑っていたような、気がした。 今此処にはいない人。 あたしにとって一番大事な家族…6歳年上の兄。 両親が4年前に事故で亡くなってからは、あたしを育てたも同然な人。 (…そういえば、お兄ちゃんはどうしてるんだろう。) 最後の家族、その認識は多分兄にとっても同じはずだ。 心配しているだろうか…。 世界によっては時間の流れが違うらしいから、元の世界ではどのくらい過ぎたんだろう。 一秒にも満たない?それとも、もう何日も…もしかしたら、何年も経っている? そう思うと、不意にこの世界に居ることが怖くなった。 (会いたいよー…) ぽつり、そう思う。 だれに? お兄ちゃんに、それから…。 ―――あれ? 「え…嘘…。」 おかしい、おかしいよね? 一緒に修学旅行行ったのは誰? 初恋の人、居たはずだよね? 友達とか、先生とか。 ねえ、なんで。 なんで思い出せないの? 脳裏に蘇るのは、この世界に来る前でのやり取り。 「え、ちょ、侑子さん!?ていうかあたし代償なんて払ってませんよ!?」 「お代は先に貰ったわよ〜。心配しなくても良いわ♪」 ドクン 「うそ…そんな…」 まさか。 そんなこと。 心臓の音がやけに耳につく。 ざぁっと頭から血の気が引いていくのがわかる。 「だってあたし…同意してない…よ…?」 知らず頭を抱える格好になった身体が、震えた。 対価を渡すだなんて、同意してないよ。 でも、だったらどうして、あたしはこの世界に居るの? それは…、対価を渡したから…? もう一度、呼吸を落ち着かせて思い出そうとする。 ドクン、ドクン…ッ 心臓がうるさい。 落ち着け、落ち着けあたし! ぎゅっと目を瞑って、兄以外のことを思い出そうとする。 記憶の糸に触れようとしたその時に、頭の中で光がスパークした。 「っ痛…!」 バチン、とショートしたかのような奇妙な感覚、痛み。 それに顔を歪めて、あたしは青白いであろう自分の顔に手をあてた。 「思い出せない…世界の記憶が、代償だって言うの…?」 あたしの思い出せない、兄以外の記憶。 あたしに関わる人との記憶、が代償だというのなら、兄のことや、家族のことについて記憶が残っていたのは何故だろう。 (侑子さんの良心、とかー…?) そう考えて、微妙な表情になる。 感謝をすべきなのかどうすれば良いのかかなり微妙だと思うのはあたしだけだろうか。 いっそ、それこそ全ての記憶がなくなった方が楽だったかと、そんなことを考えて、あたしはすぐに首を振った。 だめだ、そんなことになったら、兄は一人になってしまう。 家族を失う痛みをあたしは知ってる。 兄がどれだけ苦労してあたしを守ってきてくれたのかも知ってる。 そんな兄を一人になんかしたくないし、あたしだって一人にはなりたくない。 「…仕方ない、か…。」 ぽつりと呟いて、やっと苦笑する。 なくなってしまったものは仕方ない。 今は、前向きに考えるしかないじゃないか。 だってもう、全ては始まってしまっているのだから。 「雨…?」 ふいに呟かれた言葉に、次元の魔女―――壱原侑子は庭に首を向けた。 「天気なのに…なんで?」 「狐の嫁入りね。」 「きつね??」 給仕をしていた四月一日は侑子の言葉にきょとん、と目を丸くする。 侑子は不敵な笑みを浮かべたまま口を開いた。 「陽が照っているのに降る雨の事。こういう日はね、"鏡聴"が出来るのよ。」 「キョウチョウ?なんすか、それ。」 聞き慣れない言葉に四月一日の頭に疑問符が増える。 侑子は傍に居たマルとモロを呼び寄せ、鏡を受け取った。 「陽と言えば、あの子…頑張っているかしら。」 「え?」 ふと思い出したように紡がれた言葉に、鏡に視線を奪われていた四月一日は顔を上げた。 侑子の優しい表情に、思わず目を丸くする。 「あの子って?」 「とっても可愛い子よ。」 「は…?」 そういうことを聞きたいんじゃない、とでも言いたげな四月一日にくすりと笑みで返して、侑子は鏡聴の説明に入った。 「鏡なら何でもいいのよ。手鏡でも、コンパクトでも。」 そう言って、侑子は手の上に鏡を乗せた。 未だ消えない疑問符をひとまずおいといて、四月一日もその鏡を見る。 「懐に入れて、目を閉じて。そして初めに聞いた言葉を"兆し"にするの。」 辻占って言う占いの別バージョンみたいな物ね、と侑子は続けた。 辻占?と疑問符を浮かべて四月一日が侑子を見る。 「あの、辻占って?」 「辻占っていうのは、鏡を懐に入れたまま道を歩いて初めに聞いた言葉を"兆し"にする物よ。」 「えーと、つまり歩き回るってトコが違うだけっすか?」 首を傾げて訊ねた四月一日に、侑子は少し考えた風にして、まあそんなもんね、と答えた。 「狐の嫁入りの時にやる鏡聴は、陽の下の雨のチカラで精度が上るの。より深くて確かな兆しが得られるのよ。」 「へー…。」 「やってみる?」 そう言って、侑子は四月一日に鏡を渡した。 「目を閉じて。耳を澄まして。何も考えないでいいの。」 四月一日は侑子の言う通りに、目を閉じて、音を聞き逃さないようにと耳を澄ませる。 初めに聞いた言葉。 サァアア、と雨の降る音が聞こえる。 不意に。 ―――今日、行くから ―――用意して待ってて 声が、聞こえた。 思わず目を開けると、向こうに見える門の向こうに、影が、視えた。 その影もまたすぐに居なくなり…その場にはただ天気雨の降る音だけが響いていた。 「今の、が?」 半ば動転しながらも、四月一日は不思議そうに目を瞬かせた。 「あのう、意味、全然判んないんすけど…。」 四月一日の言葉に、侑子は思案深げに頷く。 「…そう。今日なの」 侑子の言葉は四月一日の疑問に答えてはいなかったが。 「いや、だから」 「……用意しましょう。迎える用意を」 何が?と問いかけて、侑子の真剣な表情に言葉を飲み込む。 自分にはさっぱり意味がわからないが、侑子には意味のある言葉だったらしい。 そう考えて、四月一日は人知れずため息をついた。 もう間もなく、運命の舞台の幕が上がる。 イレギュラーをも抱え込み、それはやがてひとつの道となっていく。 えーと、対価の自覚編をお届けしました。 後半、夢じゃない…!?(冷や汗) 用意しましょう云々の辺りのやり取りが好きだったもので…。 そろそろ小狼達も世界を渡るようですし、もうちょっとしたら原作沿いになる予定です。 …予定は未定、ですけどね。 …あれ?名前変換、兄貴の最初の一言ダケ…!!?グホァ!!(吐血) Back Next |