月の綺麗な夜に、あたしはこっそりと借りている部屋を抜け出した。 Story by which you touched - 月夜の勉強会 - 何故かと問われれば、ひとつしかない。 どうやらあたしのことを知っている様子だった巧断に、話を聞く為だ。 とはいっても、その根拠はあの氷の狼の姿をした巧断の言った"玉兎"って言うものだけなんだけど。 「玉兎…ギョクトギョクト…うーん、聞いた事があるような、ないような…。」 その言葉を呟くと、心の何処かが湧きあがるような奇妙な感覚に襲われる。 でも、あたしにはそれを聞いた記憶がない。 もしかしたら、忘れているだけなのかもしれないけれど。 そうこうしているうちに、あたしは広めの公園に着いていた。 深夜ということもあり、辺りの住宅には明かりは見当たらない。 ただ街灯だけが無機質に地面を照らしている。 「ちょっと、来てもらっても良いかな?」 あたしの控えめな言葉に、氷の狼をした巧断はふわり、と姿を見せた。 やっぱりこの子はあたしの巧断なんだろう。 『如何した?主よ。』 頭に響くような不思議な声。 あたしは彼―――あの時は焦ってて気付かなかったけど、声質から見てかなりの美形ボイスと見た!―――の目線にあわせるようにしゃがみこむ。 初めて喚び出した時と同じ、深海のアイスブルーの双眸。 その瞳には今、しゃがみこむあたしの姿が映っている。 「えっと…前にあたしが君を喚び出した時に、君はあたしに"玉兎の名を冠する者"って言ったよね?君はあたしのことを知ってたの?」 『それは、"号"だ。』 「"号"?」 聞きなれない単語だ。 その言葉の指す意味がわからなくて、あたしは首を傾げて反芻する。 あたしの様子に、彼は少し考えるように間をあけて答えた。 『人間にはそれぞれを表す"号"がある。尤も、主のように"号"に力のある者は稀ではあるが。』 「えーっと、あたしを表す"号"っていうのが、あの"玉兎の名を冠する者"ってやつなの?」 『そうだ。正しくは、主自体のことを"玉兎"と表されているのだ。』 至極冷静に返す彼に、あたしはますますわからなくなる。 いや、ちょっと待って? えーと、"玉兎"ってのがあたしを表してる言葉…っていうか号で、あたしの号には力がある?? 冠する者って言うことは、職位みたいなものなのかな…うう、わかんないなあ。 「力があるって、どういうこと?あたしに力があるっていうこと?」 『ああ、そうだ。故に我は主の声に応えた。』 すんごいあっさりと肯定されちゃったんですけど。 あたしはちょっと呆然として、彼を見た。 『主の号は我らに伝わるもの。故に我は主の存在を知っていたのだ。』 「伝わる…?」 小狼達にも号があるんだろうか? 伝わっていたからこそ、レイアース達は彼らに力を貸した? そう考えればなんでレイアース達が小狼達の巧断になったのかという説明もつく気がする…。 「まあ、なんとなく、判った…ような気がする。」 そう答え、ふと思った疑問を口に出す。 「あたしの力、って…どういうものなのか、知ってる?」 あたしの言葉に、彼は僅かに首を横に振った。 『我は知らぬ。ただ、万能の力であると伝えられているが…主が知っているのではないのか?』 「ははは…いやーこれが全く心当たりがなくて…。」 あたしが忘れてるだけなんだろーか。 いや、そんなはず…ないと思うんだけどなあ。 だって元の世界でもそんな万能な力なんて大層なものがあった記憶ないし。 …記憶がなくなってるだけで、実際は使えてたのかもしれないけど今のあたしには何のことやらさっぱりだし。 「うー、そのうち判るわよねっ多分!」 そう呟いて、あたしは頭を切り替えた。 考えても判らない部分は判らないんだから、判った部分があるだけでも良しとしないと。 「そういえば、君って名前はないの?」 『我の、名?』 あたしの言葉に、彼はややきょとんとした声で返した。 「うん。だって、いつまでも君、じゃ呼びにくいし。」 『我に名は存在していない。主の好きに呼ぶが良い。』 うーん、何が良いかなあ…。 あたしはじーっと彼を見つめる。 彼は身じろぎもせずに、ただただ静かにそこに立っている。 氷の、狼。 その言葉に思い出したのは、とある漫画のキャラクター。 「…イリューザー、っていうのは?」 『主が我をそう呼ぶのならば、我はそれで構わない。』 「じゃあ、君の事はこれからイリューザーって呼ぶね。」 あたしは彼ににっこりと笑いかけた。 もう何年も前に読んだきりの、途中で読むのを止めていた本。 それに出てきた2体の氷の獣の片方の名は、イリューザー。 別にもう片方の子の名前でも良いんだけど、やっぱりこっちの名前の方が思い入れがあるし。 あたしはしゃがみこんでいた体勢から立ち上がると、ぐっと伸びをした。 「んーっ…はぁ…よし、そろそろ戻ろっか。」 さすがに夜中に起きているのは眠気が辛い。 ふかふかの布団があたしを待ってるわ〜。 そんなアホなことを考えながら、あたしは帰途についたのだった。 「あ つ い〜〜〜〜〜」 現出した先では、魔女がぐでぐでになっていた。 「あらぁあ?じゃない、久しぶりねえ〜〜」 「ぐでぐでになってる状態で言う台詞でもないだろ、ソレは…。」 思わず脱力しながら、俺は身の丈ほどの杖を肩にぽん、と掛けた。 その状態のまま、庭先から魔女の座る場所の近くまで歩いていく。 「ちゃんこんにちはっ」 「ちゃんこんにちはっ」 「…ちゃん付けはいい加減、止めようぜ…。」 魔女の傍に控えるマルとモロの言葉に更に脱力する。 なんだってこいつらはこんなに緊張感がないんだ…! 「で、次元の魔女サン。俺の妹を何処にやりやがった?」 「あの子が望んだ場所に、よ。」 額に氷水の入った袋を当てながら、魔女はこちらを見てニヤリと笑った。 格好つけてるつもりだろうか。 度々思っていたが、魔女は絶対性悪だと思うのは自分だけだろうか。 俺ははぁ、とため息をついた。 「あいつは俺と違ってまだ目覚めても居ないのに…。」 「あら、目覚めの兆しはあったみたいよ?」 「何?」 魔女の言葉に俯いていた視線を上げる。 そして同時に理解する。 「…成程、だから此処と繋がった、ってことか…。」 「そういうコト。」 満足そうに頷く魔女には、ため息しか出てこない。 「ていうか、貴方その服装で暑くないの?ついでに、立ち話もなんだから中に…」 「侑子さーん!!」 言いかけた魔女の言葉を遮って、どうやら玄関からやってきたらしい少年の声が響いた。 「ひまわりちゃんが、ひまわりちゃんがー!!」 「フラれたの?」 ぐでぐでなのに、からかうところはからかうんだな…。 俺は思わずがくりと肩を落とした少年を憐れみの目で見てしまった。 その拍子に、顔を上げた少年と目が合う。 はっきりと驚愕をその顔に浮かべている少年に、俺は思わず苦笑いする。 魔女の店に居るには異質と言っても良いであろう、一見普通の少年。 「あの、侑子さん、あの人は…?」 「ああ、ね。」 「?」 きょとんと目を瞬かせる少年。 「それじゃ紹介になってないだろ…。俺は。初めまして?」 「初めまして…え、っと…俺は四月一日君尋です。」 彼はぺこりと頭を下げる。 魔女の店に居るにしては礼儀正しく、好感の持てる人物だ。 「さん、は異世界の人なんすか?」 「ん?よく解ったな。とは言っても、俺の元居た世界は此処と大して変わらない世界だけど…。」 そう答えて、何故異世界の住人だと断定されたかという理由に思い至る。 そういえばこの服装のままだった。 俺は肩に掛けたままだった杖を一振りする。 「わっ!?」 驚く声を上げる君尋少年。 光の消えた後には、普通の格好をした俺の姿。 杖はついでに消しておいた。 「な、な、なななな!?」 なんというか…リアクションが派手な少年だな。 これは魔女が気に入りそうだ…そう思って、よくよく考えてみれば自分の妹もその人種だったように思う。 思わず胡乱げな視線を魔女に送ってしまう。 「あら、なぁに?。」 「アンタ…まさか気に入ったとかいう理由でにちょっかい掛けたんじゃないよな…?」 「ちゃんと願いを叶えただけじゃない。…まぁ半分くらいは気に入ったからだけど。」 後半ボソっと呟かれた言葉に、俺は盛大なため息をつく。 あー、そうだよ、こういう性格だったよな、この人…。 「飛輪の魔術師ともあろう者がそんなにため息つかないでよ〜」 いやぁね〜とか言って魔女はマルとモロと共に笑っている。 どうもこの人には勝てる気がしない。 「ちゃんなら大丈夫よ。そ・れ・に、しばらくは貴方も界渡り出来ないでしょ?」 図星を指されてう、と言葉に詰まる。 いくら事実確認の為とはいえ、不完全なままでこの世界に渡ったのは失敗だっただろうか…。 「どうせついでだからって手伝わせるんだろ…。」 「よく判ってるじゃない♪さっすがね!」 「褒められてる気がしないぞ、ソレ…。」 先程の少年よろしくがくりと肩を落としてしまう。 「まあ、アンタが大丈夫だと言ったんだから、当分は大丈夫なんだろ。しばらく世話になる。」 「ええ、なら大歓迎よ。ねー?」 「ちゃんも一緒っ」 「ちゃんも一緒っ」 「…だから、ちゃん付けは止めようぜ…っ」 俺は思わず心の中で涙を流した。 22にもなって、どうしてちゃん付けされなければならないんだ…っ! 、お前の兄貴は頑張って生きてるぜ…。 ほろ苦い気持ちになりながら、俺は君尋少年とは仲良くなれそうだ、と考えていた。 月夜は前半、主人公サイドのみでしたが…。 色々謎が解明…されたんだろかされてないんだろか…微妙ですが。 "号"設定はオリジナルですよー。 イリューザーは(私的に)懐かしい某竜騎士漫画からです(笑) Back Next |